月別アーカイブ: 2009年7月

文月三一日

 なんとか採点と成績処理作業が終わった。要領の良い皆さんは,日頃から受講記録や課題達成を点数化して,計算式に放り込んだら自動的に成績が付くようにされているのかも知れない。
  
 私も大ざっぱな計算式は描いてあるのだが,なにせ授業も試験も生ものみたいに考える人間なので,毎回最後になってから計算式を最適化するのに時間をかける要領の悪さがある。

 結局,職場で夜を明かして成績をつけ,学部学科ごとに分かれたフロッピーディスク内に入力していく地道な作業を終えた。後期からは学内ネット上で入力できるようになるらしいが,昨年度からそう言われ続けているとかいないとか…。物事を推し進めるのも阻むのも,最後にゃ人間。そして私は睡眠時間が欲しい。

 八月がやって来る。

 夏は,毎年恒例のカリキュラム論の集中講義がある。

 今年度で七年目だ。

 この七年の間に,仕事に悩み,仕事を辞め,単身上京し,学業に励み,再び職を得て,いまに至る。

 すべてを無くす覚悟で退職したのに,唯一残っていたのが「夏の集中講義」だった。

 都会で困ったときに「非常勤講師」という肩書きが我が身を助けた。

 そしてこの七年間,夏になると見慣れた場所でいつもの授業が始まる。

 そんな変わらぬ場所があることのどれほど有り難いことか。

 今年も八月がやって来る。

文月二八日

 採点の日々。試験の出来はすなわち自分の授業の成果ゆえ,自らの力不足を糾弾されるが如く。誰も慰めてはくれないので,現実逃避しながら孤独な作業を続ける。続けてたら用事一つ忘れた。

Young Japanese Women Vie for a Once-Scorned Job(NYT:登録必要)
http://www.nytimes.com/2009/07/28/business/global/28hostess.html

 不況下で日本の若い女の子達がホステスを志望しているというニューヨークタイムズのレポート記事。age嬢文化の紹介も兼ねていると思うが,諸外国の人々の眼にはどんな風に写るのだろうか。

Nyt_20080727
(公開当日は自由閲覧できるのだが,翌日からは登録者のみへの公開になるしくみ…)

 民主党のマニフェストや政策集がインターネット上でも公開。教育関係で大胆な政策を掲げているが,実行は厳しいかも知れない。たとえば企業が内部留保の何パーセントかを文教寄付すれば税制優遇される,というような仕組みを作らないと,地方の財政によって成り立つ学校教育のリッチ化は難しいと思う。

 教員養成が6年制になることは長期的に望ましいが,教員免許開放制との整合性の問題,実務家教員の確保とそれによる教員養成現場の高齢化,そして教員養成系大学学部の再編論の再燃など,教員養成現場のドタバタは続きそうだ。

 教育委員会制度の抜本的見直しの詳細が分からない以上,まったく予測は描けない。文部科学省,首長,都道府県教育委員会事務局,市町村教育委員会事務局が仲良くねじって分け合った権限を,どこか一ヶ所に集約した場合のブレーキをどうするのか。監視する組織を作るというが,監視する組織の監視は誰がするのかというお馴染の問題はすぐに表面化するだろう。改革はともかく日常的な運営の場合,権限監視型よりもバランス調整型の方が日本には合っていると思うのだが…。

 それもこれも結局,自民党があぐらをかきすぎて,手を抜いたのが全部悪いのであって,ここまで来ちゃった以上は,何が起こっても驚かないようにしよう。

やめちゃうの?

教員免許更新制度廃止も 「民主政権」日教組に配慮
http://sankei.jp.msn.com/politics/election/090726/elc0907260134001-n1.htm

 教育らくがきを書いていると,現状や現行制度を批判的に見る立場をとることを入口にすることが多いので,それが私自身の政治的態度と見なされることが多いのかも知れない。ただ,実際には節操が無いだけなので,周りと共有する確たるビジョンが無い以上,状況の中の実際性や現実性を勘案しているに過ぎない。私がここの文章を「駄文」と称しているのは,そういう意味を込めている。

 民主党が政権をとったら,教員免許更新制度の廃止に動きそうなのだという。

 皆さんは,どう思われるだろうか。
 
 教員免許更新講習の準備に関わった人たちの気持ちを考えると複雑な気持ちになる。一方で,現実的に更新講習のコストパフォーマンスを考えると,遅かれ早かれ違う形に変わらざるを得ない。果たして,どうなるのか。

 全国の更新講習関係者は声を上げるのだろうか。それとも,行方を静観するだけになるのか。

 廃止になり,更新講習が打ち切られれば,そこで雇われた人たちの職がなくなることになる。

 そうやって振り回されてしまう人々の声を代弁してくれる人はいるのだろうか。

 教師が学ぶ機会をつくることは,全面的に肯定されるべきである。その実現方法をもっと洗練すべきなのだろう。限りあるリソースをどのように集中させるのか。地方の教育委員会事務局や教育センターが,現行の努力を踏まえて,どのように現在の世界に対応するのかビジョンを共有しないといけない。

 政治家は法律と制度を変えようとしている。

 私たちは教師文化を変えていく覚悟が必要である。

 
 それでも,現実はいつも厳しい。やりたいことは出来ないことが多い。そこからどう選択して行動するのかは,それぞれの構え次第である。

環日本海諸国図

 地図の世界は奥深く,いまだにイノベーションが起こっている領域でもある。衛星写真を用いてつくられた仮想地球儀を操作できる「グーグル・アース」の登場は衝撃的だったし,ジオタグ技術による様々なマップ・サービスは,ますます私たちの生活を楽しませてくれている。

 何年か前に乗った新幹線だったか飛行機だったかの機内誌のコラムに「環日本海諸国図」という地図が紹介されていた。大変印象深い記事だった。私たち日本に住む人間が認識している日本の地政学的な位置づけとはまったく違う認識をもたらすものだった。「逆さ日本地図」とも呼ばれている名前の通り,単に地図をひっくり返しただけのものにも関わらず…。

Kannihonkai_map

 ネット上検索すると富山県が独自に作成した地図があって,使用するには許諾の必要がある云々と少々煩わしい。それでも,富山県が自分たちの地理的位置を重要だと読み取りたくなるのも自然なくらい,国内都市の重心の捉え方に転換を迫る地図だと思う。

 休日の朝のテレビ番組で,国際空港政策の問題を取り上げ,日本の空港政策の破綻と韓国の仁川国際空港の台頭を報じていたが,それもこの地図を見ればさもありなんという感じである。アジア諸国やヨーロッパへのアクセスを考えると仁川国際空港は絶妙な場所にあるようにも見える。

 先日送られてきた日本教育工学会研究報告集には,教師の資質能力基準に関する研究報告が載っていて,米国の基準であるINTASCのカテゴリーの一つである「ディスポジション」について論じていた。INTASCというのは教師の資質能力について「10個の原理」それぞれを3つのカテゴリー「知識(ナレッジ)」「姿勢(ディスポジション)」「行動(パフォーマンス)」で構成した基準である。

 これを踏まえると,環日本海諸国図のようなものを「知識」として理解しておくことは重要であるけれども,おそらく私たちに求められているのはこの日本海諸国図に対してどのような「姿勢」をとるのかということだと思われる。「構え」と言い換えてもいい。その上で教育実践としてどのように「行動」するのかということへと繋がっていくのだろう。

 それは教師に限らず,私たち日本国民が,こういう知識や認識を前提とした姿勢や構えで生活できているのかと問われているのだと思う。

 逆さ日本地図が表している日本の地政学的な存在感を,肌で感じるようになることも必要なのかも知れない。

特集「子ども危機」

週刊ダイヤモンド 7月25日号「子ども危機」
http://dw.diamond.ne.jp/contents/2009/0725/index.html

 来週には最新号が書店に並んでしまうが,7月25日号では「子ども危機」という特集が組まれ,週刊ダイヤモンドらしい視点からネットの危険,教育の後進性,少子化・育児問題,出産と小児医療の現実,子どもの貧困問題を扱っている。

 週刊ダイヤモンドの特集読むと気が重たくなるのは,そういう切り口だからか,そういう現実が本当に深刻だからか,雰囲気に引っ張られないように立ち止まって考えてみる。

 問題が一気に解決する手だてはない。だとすれば,どの部分から良い兆候が見えたら全体の雰囲気に波及するのかを考えるのが順当な手続きである。

 ところが優先順位のつけ方は人それぞれ。そのどれも一理あるのだから,結局のところ意思決定に政治が必要になる。つまりこの場合の「政治」というのは,端的に言えば,やってみてもいいかと思わせるくらいにハッタリをかますことである。

 米国教育研究学会(AERA)はWebサイトに「Research Points」というコーナーを用意して,政治行政などの意思決定の立場にある人々に対して,学会としての研究動向やポイントを示すようになっている。この数年は更新されていないが,少なくとも研究者側からの情報発信は明確にされている。

 日本でも研究動向をまとめた論文は存在するが,こういう形で発進することを前提としたものではないし,学会のWebサイトに掲げられているわけでもない。表立って特定の立場に肩入れしないのが日本の学術研究の倫理みたいなところもあるので,これは文化の違いみたいなものだ。研究者集団には研究によるそれなりの根拠があるにも関わらず,ハッタリをかますことが出来ていないということ。そして,マスコミが主導権を握って読者視聴者が喜びそうな言説や世間的に名前を知られた人々の主張が選択的に流布されているのが実情である。

 その意味で,週刊ダイヤモンドの特集記事も,問題の選択や情報の編集権はすべて記者や編集部にあって,その客観性や妥当性がどの辺にあるのかを見定めるのは,読者にはほとんど無理である。

 このあたりの問題から取り組むことが正しい優先順位になるのかどうか。正直なところ,確証はないし,得られるものでもないのである。ただそれでも,課題の分かりやすさから言えば,ここから改善するのならやってもいいかなと思わせるのに見合うのかも知れない。

 財源問題は悩ましい問題には違いない。この国に寄付文化が根付いていないし,企業は組織の持続成長を優先して社員に還元しない傾向にあるから,政治行政の側から保証をしなければならないのは仕方ないとも思える。日本は教育福祉関係予算をずっと低い水準で押さえ込んできたわけだが,ぼちぼちバランス配分を切り替えるときが来ているのかも知れない。

文月二三日

 この頃は睡眠時間が少ないのにも慣れてきたのか,真夜中帰って早朝出勤の日々が続く。授業は区切りがついて順次試験を実施しているので,そのための問題作成や出席処理をしている。

 学会発表申し込みのための原稿を作成するのも時間がかかった。昨夜ようやく2頁に押し込んで完成した。来月初めには毎年恒例,夏の集中講義が始まる。そのための準備もしておかなくてはならず,宿題が溜まっているのは相変わらずである。

 どこか遠くへ旅してみたいが,働けど働けど貧乏なので,せめて自宅の湯船につかってのんびりさせてくれれば,それでいい。

未来を選ぼう2009

未来のためのQ&A
http://www.google.co.jp/mirai2009

 米国大統領選挙中やオバマ大統領就任後に市民から意見を集めるため使用した「Open for Questions」というサイトで使用したのがGoogle Moderatorというシステムであったが,これを日本の選挙や政治にも活用しようとオープンしたのが「未来を選ぼう2009」というサイトである。その中のメインの試みが「未来のためのQ&A」で,これらはGoogleがやっている。

 考えてみれば,日本での世論から政治家へ向けた「多対一コミュニケーション」は,これまでマスコミを代理人として機能していたように装ってきた(あとは直接に選挙ぐらいしか手段がない)。とりあえず新聞・テレビの大マスコミが,疑問を投げ掛けそれに政治家が応えることで,市民世論の代表たるマスコミと,市民権力の代表たる政治家が対峙し,チェック機能が働くという前提にあった。

 ところが,もはやそのどちらにも「代表たる」資格や資質が失われつつあり,最悪,お互いが予定調和の中であぐらをかいてしまった。
 そうなってみて,ふと思い返せば,そもそもの主権者たる市民の側は,本当のところどういう考えを持っているのかを,私たちお互い何も知りえていなかったりする。

 少し無謀かも知れないが,直接市民の声を拾い出すシステムを動かしてみるのも,こういう時にはいい試みかも知れない。もちろん意見を述べあうことも大事だが,むしろ「鋭い質問」を出し合うことにこそ,私たちの意見や考えが集約されてくるのではないか。そういう場として「Google Moderator」が提供する「未来のためのQ&A」を考えることが出来る。

 「未来のためのQ&A」の中にある「子育て,教育」の項目には,現時点で270程度の質問が書き込まれ,投票に基づいて順番付けされている。

 大ざっぱだが短く率直な質問あり,詳しく前提を書いて焦点を絞った質問あり,このときとばかりタブーを聞く質問あり,様々な立場から書かれたものが並んでいる。それだけこの分野で問題を放置したのだし,すべての質問がそれなりに大事なのは,おそらく異論はない。問題は,どこから先に取り掛かるかの優先順位である。

 そもそもの日本の国の形のビジョンが必要になる。地方分権に基づいた合衆国的な在り方なのか,もっと国による再配分機能を強化した福祉国家的な在り方なのか。あるいはそれ以外の何かなのか。そこから筋を導かないと,教育だけを無制限に優先することが出来ない以上,何を守って,何は諦めるべきかもハッキリしない。

 とりあえず,こうしたサイトを通して,どんな質問や考えがあるのかを共有するのはよいことだ。

補助金はある

 テレビ東京のニュース番組「ワールド・ビジネス・サテライト(WBS)」のコーナーに内田洋行社長である柏原孝氏が登場した(7/17)。同系列のBSジャパンというチャネルで放送する「小谷真生子のKANDAN」という番組を予告するコーナーのため,インタビューの一部を切り出した映像が流れたわけである。

 そのWBSで流れたインタビュー部分で,柏原社長は地方の教育格差に懸念を持っているとして,それは地方財政の問題だと指摘する。その流れの中で,地方財政にばらつきがあることが問題で,国からは教育費が地方交付金という形で地方に渡されることを説明した。しかし,「お使いになるのは地方でお決めになる」ため,教育事業の差が出てくる可能性があるのだとする。

 これは全く正しい説明と指摘なのだが,この次あたりから怪しくなっている。

 「以前は,あの,ま,補助金という時代がありまして…そのときには,まあその,そのお金でこれを買わなければならないという風になってましたから,その時にはずいぶんとそういう教育設備の普及が進みました」

 小谷キャスターが,「また改めてそういう方向に変えるべきとお考えですか?」と訪ねると,柏原社長は「そういう部分があると…もっと,あの,公平感,あるいはスピード,こういうものが,まあ,是正されると思います」と返している。

 長いインタビューの一部分を切り出したのだから,編集が加わって,もともとの意味や文脈が落ちてしまっている可能性があるが,それにしてもこのような誤解を招くような伝わり方を容認するのはよくない。まして,この分野でイニシアチブをとっている内田洋行としては,厳密に言えば,抗議するか,訂正させるべきである。

 「補助金という時代がありまして…」という部分で生まれるのは,「いまの時代は補助金がない」ような誤解である。これは正しくない。

 むしろこの教育の情報化分野に関して言えば,ずっと補助金は出続けていたのであり,それを出し続けていた文部科学省や財務省の関係者の苦労は,もっと喧伝されて良いはずである。

 ただし「全額補助」ではない。だから,柏原社長が(いつそんな事実があったのか短時間で調べた範囲では発見できなかったのだが)かつて全額補助した時期があったという記憶に基づいてしゃべっているのだとすれば,かつては全額補助時代があったということを話していた文脈かも知れない。

 それでも,現在でも「2分の1補助」は存在しているし,最初に指摘した地方交付金部分で,残りの2分の1も補助してもらえるようになったのだから,本来ならば,そのことをもっと主張して地方財政責任者やそれを監視する市民に対してアピールすべきだったのではないか。

 インタビュー本編でそのような主張もなされていたのかも知れないが,それならば,なおさら地上波における番宣コーナーでの短い引用が引き起こす誤解に対して懸念を抱き,抗議するか,もっと別の方法でアピールすべきである。

 国民は,国の予算となると,とても大ざっぱな理解しか持っていない。

 なぜ定額給付金は,予算案が可決したら,てんやわんやはあったけれども,地方自治体が動き出して給付が実現したのか。

 一方,同じように予算案が可決したのに,学校ICT化(情報機器導入)に対する予算は,どうして地方ごとに格差があったり,そのうち使われたかどうかも分からなくなるのか。

 前者は「全額補助」だった。後者は「半分補助・半分交付金」だったりする。

 そのことの違いが何を意味するのか,誰も話題にしない。

 整備されないのは「補助金がないからだって,内田洋行の社長がテレビで話してたよ」と誤解した誰かが言って,「ああそうなんだ,まったく国はどうして教育にお金使わないのかね」って嘆いて終わる。

 ちょっと待ってよ。

 補助金はあるし,しかも実質的には「全額補助相当」である。

 いま現実に起こっていることを,ちゃんと知らせないとダメである。

 文部科学省は,申請締め切りを8月21日までに延ばした。

 まだ申請していない各地方の教育委員会事務局の担当者は,一生懸命に申請の準備をしているだろうか。そういうところを人々がもっと鼓舞しないといけない。

 そのためには,正しい情報と正しい理解が実現されなければならない。もうマスコミに振り回されてやられちゃいましたというのは無しにして欲しい。

ガラガラ?

教員免許更新、大学講習ガラガラ 228講座中止に(asahi.com)
http://www.asahi.com/national/update/0715/TKY200907150200.html

 選択制なのだから,そういうこともあると承知しないと…。制度が定着したら,もう少し内容を柔軟にして,教師が学ぶコミュニティづくりに繋げていくべきだと思う。8人以下で学べるなんて贅沢じゃないか。時期が来れば,少人数が売りになる。

 免許更新講習自体の成立までには,いくらも論ずるべき問題があったと思うけれど,始まってしまったなら,どれだけ制度の隙間から逸脱できるのか,そう考える方に早く発想転換した方がよいとも思う。

 講座の名前の付け方ひとつで,応募の数は激変する。そういうマーケティングのイロハを,もう少し下世話に活用しても罰は当たらないと思う。だって,中身をズルするわけではないのだから。そういう工夫で試行錯誤しながら,ニーズをつかんでより良い学びの場をつくっていく必要がある。

 ただし言っとくけど,それは簡単なことではないし,大変な苦労が必要だ。安上がりに済まそうと考えているなら,お門違いも甚だしいのである。

文月東京出張

 カリキュラム学会が千葉・神田外語大学で行なわれるのに合わせて金曜日から東京に出かけた。一ヶ月前にもお仕事のお呼ばれで東京に出かけたので,あまり間を空けずに東京行きが続いたことになる。実力ある先生方は,分単位で東へ西へと仕事で奔走されているのだろうが,私のような傍流逆流研究者は月単位で出かけられるだけでも贅沢なのだ。

 先回は朝っぱらから自転車漕いで駅へ向かうところから始まったが,今回はお昼のフライトなのでバスに揺られて駅そして空港へと向かった。ところが羽田からの飛行機に出発の遅れが発生し,私が乗る折返しの飛行機も影響を受け出発遅延。珍しく徳島空港をじっくりと眺めることになった。

 空港内には近所の小学校の児童が描いた壁新聞やお手紙が展示されていた。どうやら空港見学した成果とお礼らしい。地方空港の仕事や飛行機に運行に関わる話など,調べたことを文章や挿し絵,クイズにしてまとめていた。
 その中に「徳島空港は一年以内に無くなる」というクイズがあって,「ははは,さすがに×だろう」と思ったら正解は「○」。え〜?!と思ってふにゃふにゃの文字の解説を読むと,どこかへ移転して現在の施設は自動車教習所になると書いてあった。その移転先がどこなのかをあちこち調べたら,正確には滑走路が増設されるに伴ってターミナルも新しいものが少し離れたところに出来上がる予定なのだと分かった。

 そんな子どもたちの壁新聞も,フライトが時間通りだったら通り過ぎて見もしなかったかも知れない。偶然が呼び寄せる嬉しい巡り合わせに身を任せる旅の始まりである。

 羽田に着くと,まずはN先生との打ち合わせ。飛行機が遅れてしまってお待たせすることになったが,久しぶりにお会いして,あれこれ宿題の成果をご報告する。めぼしい仮説を提示することはほとんど出来なかったが,お互いの考えていることのすり合わせが出来たので,今後しばらく継続してストーリーを考えることになった。

 そこから急いで東京大学へ。午後5時までに教育学部の図書室で文献コピーをしたかった。この調子だと到着は4時半,文献を探してコピーする余裕は30分である。目的の文献は検索済みだし,ある程度勝手知ったる場所だから,予定通り間に合えば心配ない。とはいえ,面倒なことを避けるためには,なるべく早くたどり着き,慌てずに作業したかった。

 幸い,教育学部図書室での文献コピーは無事終了し,とりあえず福武ホールにとことこ歩いていく。研究室に行こうかどうか迷ったが,今回は手土産買うのを忘れてしまったし,「また来たんですか」と思われるのも悲しいので,前回会っていなかったHさんの顔でも見て帰ろうかと思ったら,いろんな人に発見されて,結局研究室にもお邪魔した。

 あれこれみんなの会話に耳を傾けつつ,事のついでに研究室の文献もコピーして,まあ,みんな相変わらず元気そうだったので,ホテルにチェックインするために失礼することにした。次回は,ちゃんと手土産を忘れないようにしよう。

 ホテルにチェックインして,すぐさま出かける。向かった先は新宿。前回は池袋ジュンク堂であったが,今回は新宿ジュンク堂と新宿紀伊国屋が目的地。いつものように本漁りである。最近は統計処理環境”R”について知りたかったので,新しいところの解説本をいくつか買ってみた。紀伊国屋では,『教育社会学研究』の最新号を見つけた。特集が「質的調査の現在」ということで,教育社会学分野における方法論の議論を知るのに面白そうだった。

 その後,秋葉原へ移動し,ヨドバシカメラへ。子どもたちが喜びそうなiPhone用のケースとタッチペンを漁った。iPhoneを子どもたちに貸し出すときに,カラフルなケースがあったほうが見た目にも機器保護のためにもよいと思われることと,実際の操作を指だけでなくニンテンドーDS風にタッチペンでやってもらうにも悪くないと考えたからである。これも少しずつ進めなくては…。

 ふらっと寄った書籍の階で『UNIX Magazine』最終号を発見したり,タワーレコードでCDを買ってみたり,レストランの階で遅い夕食を食べたりして,ホテルに戻った。

 翌日は朝から京葉線に乗り海浜幕張駅へ。東京ディズニーランドに行く観光客も利用する線なので,途中,若い人たちや家族連れがわんさか乗ってくる。と思ったらわんさか降りていく。海浜幕張に着く頃には空いている。

 日本カリキュラム学会は今年で設立20周年。今回はその記念大会である。私にとってメインの所属学会なのだが,東京暮らしの間はずっとお休みをしていたので,4年ぶりの大会に参加となった。

 学会大会は,良い意味でも悪い意味でも変わっていなかった。

 この学会は,それほど大規模な学会ではないので,大会規模も把握できないほどではない。現場の実践家に対してもオープンだし,学会を構成する主要なメンバーの先生方も柔軟性を持ったオープンな方々で,それがこの学会の良い持ち味になっていると思う。その点はいまでも変わっていない。だから,私は基本的にこの学会が好きである。

 でも,学会での議論も相変わらずなものが多かった。確かにカリキュラム研究の守備範囲は曖昧かつ複雑で,研究方法の議論に関しても,一筋縄でいかないところがある。どちらかといえばコテコテの文系学会なのだが,そうした側面がカリキュラムに関する問題を外部を巻き込んで行なうことの壁にもなってしまっている。

 そして,今回久しぶりに参加して自分自身驚いたのは,確実にみんなが年をとっているということを感じたことだった。そんな身も蓋もない感想を言ったら「そりゃみんな3歳年取ったんだから」と笑われたけど,でも,なんとなく,これから学会はどうなるんだろうと思ったら,少し不安というか,寂しさを感じたのであった。

 長らくご連絡しなかった先生方にお詫びをかねて近況報告。徳島に飛んで働いていることをお知らせした。皆さん,一様に「よかった」と言ってくださった。学部の師匠と大学院の師匠にも久しぶりにお会いした。お二人とも,お仕事大変そうではあったけれども,それなりに元気でいらした。

 二日目は朝から自由研究発表。興味深い発表をあれこれ聞いて,カリキュラム学会の雰囲気をまた思い出す。また研究発表できるように,こちらの分野も思索を進めたいと思う。

 午後の総会や国際記念シンポジウムにも出席したかったが,徳島に帰る飛行機の時刻や,その他のやっておきたい事との時間配分を考えた末,残念ではあるが午前中でスパッと都心に戻ることにした。国際記念シンポジウムは是非ともじっくり聞きたい内容であったのだが,開始後しばらくして中座しなければならず,だったら最初から諦めることにした。

 その代わり,出かけたのはお台場。実物大のガンダムを一目見ようと思ったのであった。あれこれ勘案した結果,見逃して残念に思えるのは,期間限定の実物大ガンダムくらいという結論である。

 ただ,国際展示場を通るゆりかもめ線の中から「東京国際ブックフェア」が開催されていることが見えた。というわけで,ガンダムを見た後に,ブックフェアに向かうことになった。

 東京国際ブックフェアには,東京に暮らしていながら行ったことがなかったので,この偶然の巡り合わせの機会にぜひ見ておこうと思った。とはいえ,残された時間は一時間程度。駆け足でブースをめぐる。

 同時開催されていたのは「学習書・教育ITソリューションフェア」だった。書籍の見本市だとばかり思っていたが,実際には,ICT機器の展示や教育ソリューションが多数展示されていた。まるでNEW Education Expoみたいな感じだが,こちらは某社の色がないだけに,また違ったメーカーの展示があった。他分野で実績のあるシステムを教育分野に持ち込んだ会社や,小さな開発メーカーが販社と組んで展示しているものなど大変興味深かった(関連記事)。

 来場者に家族連れも多いらしく,幼児関連や教育関連の出版社展示ブースはにぎやかだった。そのことが衝撃的でもあった。ああ,ICT教育の世界って,こういうところに集まる人達にまるでアピールできていなかったんだなと思った。

 本当は,ブックフェアに来るような一般人や家族連れの層にこそICT教育の重要性や学校への機器導入の必要性をPRして,地方自治体を見守る住民の意識を高める必要があるにも関わらず,ずっと関係者の閉じた世界で回していたのかも知れない。今回初めてブックフェアに参加して,その光景を見てそう思ったら,ゾッとしたのである。

 教育関連のイベント・セミナーのリストを見ても,現在,情報教育分野で活躍している私たち馴染みの名前はほとんど出てこない。本当に,これではまずいと思えた。ショックである。

 たった一時間程度ですべては見られなかった。それでも興味深い展示をしているところには立ち止まって担当者の話をじっくり聞いた。どんな考え方やデザインの仕方で商品を提供しようとしているのか,なるべく瑣末な商品知識の説明は省略できるように,こちらも適度に高度な返答をして話をどんどん進めていく。とっても充実したやり取り。

 悔しいながら,人文専門書と洋書バーゲーンコーナーには行けなかった。悲しい!

 でも下手に散財せずに,むしろブックフェアの奥深さをグッと味わうことが出来て,密度の濃い一時間になった。実物大ガンダムありがとう。君が呼んでくれなきゃ,ブックフェアにも行けなかった。

 名残惜しいが,そろそろ東京を離れるために羽田へ。

 いつもなら建物から離れたところに飛行機が停まっていて,搭乗するにはバスで移動しなければならないのだが,この日は珍しく保安ゲート真ん前の搭乗口に飛行機が停まっていた。しかも座席数より多く予約を受け付けたらしく,席を譲ってくれる人募集していた。

 高松行きに変えるか,翌日の徳島行きに変えるか。どちらも協力金が出るし,ボーナスマイルもでる。翌日を選ぶなら宿泊ホテルも手配してくれる。個人的には,ぜひ協力する体験をしてみたかったのだが,さすがに翌日は朝から授業。ボーナスマイルに目がくらんだ理由で休講するわけにはいかないので,協力を諦めることにした。

 夕方の徳島へのフライトは,夕焼けと富士山の景色が素晴らしい。今回はちょっと雲が多かったのだが,それでも,やはり良い雰囲気のフライトだった。幾度か利用すると,見たことのあるキャビンアテンダントさんと乗り合わせることもある。今回は,わりと好きなタイプのアテンダントさんが乗務していたので嬉しかった。もっともこのフライトも一時間しないうちに終わり。飛行機が着陸すれば,日常の再開である。

 本当はもっと多くのことを考えたり,やったはずだが,短縮して書くと,こんな感じの出張である。さてと,あれこれの仕事を頑張って片づけますか。