「教育らくがき」の最後をどんな駄文で締めようか。この間,ずっと頭の隅で考えていた。この数日だけでも,取り上げたい話題はたくさん出てきており,いつもの調子で書き綴りたかった。
皆さんはアホかと思われるかも知れないが,一つの駄文を書き上げるのにだいたい2,3時間以上をかけていた。「それだけ時間をかけて,そのレベルか」と思われるだろうが,あれこれ素材を集めて,ウラ取ったりして,それから使う部分を選んだり,必要ないもの捨てたり,言葉を選びながら書いて,読んだときの心的な影響を想像して,推敲し直したり。結構手間をかけながら駄文の落とし所を決めた産物だったりする。
駄文と称することに,ある種の意味を持たせていたのは,同じ捨て去る文章にしても,単なる走り書きではなくて,捨てられることを狙って練りながら書いていたからである。それが他の教育関連ブログとは根本的に異なるスタンスだった。
そのことを理解した上で,駄文を楽しみ,思考を巡らすきっかけに使っていただけた皆さんには,敬意を表すとともに,深く感謝する次第である。
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私は「教育らくがき」で,そういう贅沢をしたかったのである。教育について,ずらしたところで考えを巡らしてみること。学術的な正確さや勉強不足なんてことを気にせずに,物事の本質って何だろうということを,いろんな知見を肴に考え,駄文を通して共有すること。そういう余裕を持ち続けたいという願いのもとで続いていたのだと思う。
ただ,駄文への誤解や偏見が多くなってきたことも事実。どうやら一部の人々には,そんな余裕もなくなってきているらしい。そして誰より,私自身に余裕がなくなってきたことが判明。このまま「教育らくがき」を続けるのは野暮というものだ。
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私はあなたではないし,あなたは私ではあり得ない。だからこそ,世界は面白いのだし,コミュニケートする価値があるのだ。道筋は違っても,かかる時間が違っても,諦めないことが大事である。そのためには,逆説的だけれども,いつでもスタート地点に戻る覚悟も重要だ。
物事の終わり,それはまた,別の物事の始まりでもある。本当に感謝。
「ウェブログ」カテゴリーアーカイブ
物事の終わり-02
有終の美。「有終」とは「終りを全うすること」であると広辞苑にある。最後までやり通して立派な成果をあげること。そうやって終りを迎えられれば,満足感が得られ,次に繋がるということだろう。ゆく道が階段だろうと登山だろうと,そこには最上階や頂上といったゴールがあって,ひとつひとつを制覇し有終の美を飾ることこそ,人々に求められていることなのかもしれない。
悠久の時。「悠久」とは「果てしなく長く続くこと」であると広辞苑にある。終りがないとは言わないが,私たちが生きるこの世は,私たちが去った後も後世の人々によって生きられるとすれば,果てしなく続く世界なのだろう。そこには無数のひとつひとつの出来事があるとはいえ,そうした物事の総体として悠久の時が織り込まれていくのだと考えても間違いではないと思われる。
本当に力のある人は,悠久の時に思いを馳せながら,ひとつひとつの有終の美を飾れる人なのだと思う。
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個人的な思い出話を掘り返しても仕方ないし,ご興味ないかも知れないので,私なりになるべく手短に書く。「教育らくがき」という駄文Webページを始めることになった経緯は,開始当時のインターネット上における教育関連コンテンツの少なさにあった。その不満が次第に解消され,もはや過剰な事態である。
よって本ページの当初の役目「枯れ木も山の賑わい」は終わり,教育周辺をフラフラ漂う人間の駄文記として惰性のまま続けようかというものになっていた。しかし,いよいよそのようなWebページの存続さえ「?」となった次第である。
長らく読者の皆さんはすでにおわかりと思うが,この駄文たちは,幾重もの予防線と意味付けとメタメッセージといった添加物が,たっぷりと塗りたくられながら披露されていた。ブログメディアでありながら,その特性を無視して長文を書き続けたのも,結果的には「安易なコメントお断り」を言外にまとうためであったといえる。
インターネットの歴史とほぼ重なる10余年の間,2ちゃんねるの登場やGoogleやブログの登場などによって個人発信の利便と危険が爆発的に増した。そんな時代を乗り切るために,変な知恵のようなものをつけてしまったのかもしれない。そもそも私自身はパソコン通信(アスキーネット)時代からの「ネットワーカー」である。20余年も通信生活と隣り合わせたのだから,皆さんがお読みの文章が何故こうも芝居がかった胡散臭いものであるのかは,そこから推して量っていただきたいと思うが,そんなことする必要はこれっぽっちもないことは,皆さんならもうよくおわかりのことと思う。
つまりこういうことなのだ。私が駄文上で私自身を卑下すれば,そう受け取らない人もいるだろうし,場合によっては真正直にそう信じ込む人もいるということである。こうした多少の混乱を駄文にまぶしておくことで,何か書いてあるようでいて,結局は何も書いていないという風に読ませることもできる。まじめに取り合うに値しない文章が一丁出来上がりというわけである。
そのような駄文スタイルを確立するに至る経過は,残してある過去駄文をご覧いただければ結構だが,いよいよその過去駄文を私自身のサイトから抹消し,駄文書きを「終演」しようと決意した,というのが今回のテーマである。
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継続こそ力なり。「継続」とは「受け継いでつづけること」であると広辞苑にある。大学受験ラジオ講座(ラ講)で印象深く聞いた言葉だ。しかし,どうも私は継続派というよりは,飛躍派のようであった。「飛躍」とは「正しい順序・段階をふまず先に進むこと」であると広辞苑にある。何をどう間違ってか,先にだけは進んでしまったので,いまさらながら巻き戻し中である。
巻き戻しに半年以上の時間がかかるというのも,まあ,それはそれで恥ずかしい話だ。とにかく巻き戻ったところで,いざ再びレコーディングするにあたって,今までと同じように駄文を公開し続け,駄文を書き続けるべきか,大きな問題になったわけである。ポッドキャストで能天気にしゃべっている裏側では,いろいろ考え続けていた,と書いたら少しは格好がいいものだろうか。
そして一本の電話を機に,(別にその電話がすべてではなくきっかけとして)腹が決まった。
継続こそ力なりとも考えた「教育らくがき」という駄文書きを,次回で終わらせることにしよう。
物事の終わりは,突然やって来るものだ。
物事の終わり-01
先日,国立公文書館に出かけた。大学院における授業課題として訪れたのであるが,特別展だけでなく施設全体を大変興味深く見学することができた。
文書館という施設は,国立のものだけでなく地方にも設置されているし,また大なり小なりの組織にはそれぞれ文書にまつわる業務を負った文書室といった部署が存在する。いずれも,何かしらの利用価値のもとで永続的に保管が必要な文書を管理することが役目であり,その保管対象も単なる紙だけでなく,音声テープという場合もあれば,昨今ではデジタルデータという場合も多い。
そもそも文書館という施設ができたのは,公文書の散逸を防ぐということが大きな理由である。過去に記録された文書は,その時代の証言をする歴史資料になりうる。特に公文書は国の歴史の記録であり,私たちが未来に向かって正しく歩むための貴重な記憶でもある。その記憶が,文書の処分や紛失によって消えてしまわないために,文書館という組織と関連の法律が整備され,しっかりと保管されなければならない。私たちが死んだ後にも,文書館は私たちの生きた時代を後世に伝えるために生き続けなければならない組織なのである。
それほどの重要性を担う施設であり,国のレベルで記憶を司る位置にあるのが「国立公文書館」という施設である。この施設には,国家にかかわる公文書,並びに歴史資料が厳重に保管されていると同時に,国民がその権利に基づいて閲覧することができるようなサービス機能がある。
驚くべきは,国立公文書館が設置されたのが,1971(昭和46)年だということ。国立公文書館は私と同い年であるということだ。こんな重要な施設は,私が生まれるずっと前から設置されて運営されているのだとばかり思っていたのに,そうでもなかった。しかも国立公文書館法という法律の成立は,1999(平成11)年と,ついこの間みたいな時である。そして,2001年には独立行政法人となり,御取り潰しの対象になっているというわけである。
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物事の核心が,どこかずっとずっと遠くの向こうにあって,畏れ多いものだとばかり思っていたら,実はそうでもなくて無駄に遠回りしていたみたいな気持ちになることがある。
その遠回りは,徒労なのだろうし,端から見れば滑稽で,こいつ大丈夫なのかと懐疑さえ抱かせる。そしてたぶん,単純素朴に,その通りなのだ。
それでもその遠回りに意味があるとすれば,「その遠回りには実りがないことがわかった」という点で意味があるのではないか。いや,それはあまり本当のことではないのだが,多くの誰かにとってはそのような結論の方が都合よいのだと思う。
他の誰かにとってのことよりも,私にとっての遠回りは,実に様々な出会いと経験をもたらしてくれたという点で,とても大事なものである。褒められた道筋ではなかったとしても,私は私の遠回りに関わったすべての人物事に対して感謝するほかない。他の誰に何を言われようが,自分自身の人生として誇りに思っている。
そして,その道すがら書き綴っていた駄文が,遠回りの記憶として残っていたりする。この駄文たちも,それぞれの時期における私自身の実像や虚像などを織り交ぜ,時代に振り回されながら書き綴ったものとして,それ自体は生成され存在している。その点で,駄文自体の存在は事実である。
けれども,その存在はどこまで行くのだろう。私はその存在を維持していく事ができるだろうか。そもそも,今後も駄文を生成し続けるべきなのか。10余年の月日が流れてもなお,同じ調子で駄文を書き続ける事に,自分自身が縛られてしまっているのではないか。そのことは常に悩ましい問題だった。
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アーカイブズの世界は紙文書だけでなく電子文書をも射程に入れ,より一層活発化している。そうした世界に触れることを通して,私自身が書き散らした駄文も(その価値があろうとなかろうと)可能な限り保管し続けることが,勝手気ままな発言をしたある種の責任として必要だと考えてきた。
しかし,そうした記録を自ら公開しておく事が,記録保管に関わるこちらの思弁も駄文執筆時の背景も推し量られる事なく,私の公式な態度表明となってしまう場合がある。それは一つ一つの駄文の内容というよりも,そうした駄文自体の公開を許容している意識態度が問題と成り得るということである。
仮に自ら公開を止めても,インターネット上にはいくらかのコピーが残存して流布し続ける。そうした残存データの存在を考えれば考えるほど,むしろオリジナルの存在意義は強まることも分かっている。だからこそ,普通の人々は余程のことがない限り,個人的感想などを含むものは匿名で書き捨て,記録データに対する責任から降りることでバランスを保っている。あるいはもっと賢い人々は,インターネット上で駄文を書き散らさない。
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物事の終わり。それは永続的な価値を考えれば考えるほど,逆照射されて強く前面に出てくる。
ブログはブログ2
本家の再始動のきっかけには,
トラックバックのスパム
がやってきたことも関係している。
ああ,とうとう,うちにも来たのね。
ここのシステムは個別にトラックバックの
受付切り替えをするので,いまさら
トラックバック・オフにするのが
とても厄介。何でこんな仕様なんだ?
一日30個くらいのしょ〜もない
トラックバックと付き合うのもブログゆえか。
消すのは簡単だが,いい気分ではない。
メールスパムにしても,ブログのスパムに
しても,あっちは自動化して勝手にやっている
と思うと,相手するにも馬鹿馬鹿しく
思えてしまう。人生,もう十分にパソコンに
時間奪われているというのに‥‥。
そんなわけで,原点回帰への模索である。
遠いご近所さん
研究のウォーミングアップは,その主題の文献資料を通して空気にぼんやり触れていくことから始まる。常日頃から主題に対する意識が細々とでも続いていればそんな必要もないのだが,日々の慌ただしさが容赦なく意識をぶった切ってくれる。
考えてみれば,教育にかかわるインターネットリソースは急激に増えている。教育にかかわるウェブログもあるだろうに,ご近所散策に出掛ける機会をあまり持ってこなかった。あちこちのポータルサイトがブログ・サービスを用意しているし,登録ブログをカテゴライズしている。ちょっと教育とか学校とか,研究や大学世界のジャンルを覗いてみることにした。
ははは‥‥,なんか凄いな。知らないうちに周りみんなビルが建っていたという感じだ。しかもみんなコメントやトラックバックを使って相互にやりとり活発である。内容も硬軟取り合わせて,おいおいそんなことまで書いて大丈夫?と思うものもある。あんまり人のこと言えないか‥‥。とにかく「こっそり派」の私からすると,賑やかなご近所さんたちにビックリである。
ま,ゴーイング・マイ・ウェイ。9年の歳月を経て,まだ変わらぬ調子で続けられているのも,皆さんに「こっそり」お付き合いいただいているおかげなのだと繰り返し肝に銘じて,いつもの通り頑張るか。
weblog はじめました
日頃,「教育フォルダ」や「教育らくがき」をご覧いただいている皆様こんにちは。徒然なるままに続けている教育らくがきも9年目に突入しているのであるが,変わりゆく世間の流れや自身の意識変化に戸惑いつつも,とにかく続けられていることに感謝したい。
さて,この頃はウェブログというものが注目を浴びている。それはいったい何なのかというと,日々綴る記事を管理するシステムであり,見た目は日記風ページや教育らくがきのような駄文ページなのだが,それらに読者がコメントをつけられたり,読者自身のウェブログページとのリンクを受け付けることができたり,更新された情報を広く知らしめる機能があったりと,なかなか奥深いものなのである。
要するに,単なる書きっぱなしの駄文ページから,もう少し他の人たちとのつながりを作り出せるページを実現するのに便利なホームページというわけである。ある意味,教育らくがきに足りなかった要素かも知れない。
そこで今年も後半戦に入ったところで,教育らくがきもこのウェブログを試験的に導入してみることにした。普段はWebページ編集ソフトを立ち上げてぽつぽつ書いているのだが,もう少し気楽に書き込みができるウェブログで,空白になりがちな更新を補おうというわけである。まあ,本当に日記になるかも知れない。それに教育らくがきは,書きっぱなし感覚も一種の売りなので,その辺の空気は保ってみたいとも思う。
とにかく,教育らくがきにとっては新しい展開。果たしてうまく波に乗れるかどうかわからないが,頑張ってみたい。もちろん,従来までのページも更新を続けていくつもりなので,どちらもよろしく。