月別アーカイブ: 2015年5月

担任業務

 今日は朝からずっと担任業務に縛られっぱなしであった。せっかくの研究日だというのに…ん?単に授業が無いというだけの業務日だろうか。もう「研究日」なる単語を誰からも聞かなくなって久しい。

 5月後半からの1ヶ月は毎年,出張や外部仕事が集中していて,普通でも厄介な日々。今年度から本格的に学生指導業務が始まって,やりくり一層大変である。

 担当している学生たちは,若いのだから未熟なところがあるのは当然としても,わりと話を聞く余地は持ち合わせている。彼/彼女らが社会人に近づく中で,どれだけ「問い」を投げ掛けられるだろうか。そのことがここ最近の心配事である。

 残念ながら私自身には,大学時代に携帯電話やスマートフォンをベースに友達とつながって時を過ごす経験が全くなかったので,そういう風景の中で学問や専門知識がどのように見えるのか,どうすれば魅力的に見せられるのかといったことが正直分からない。現代のネット社会においても持久し得る「問い」の構造がまだはっきりと捉まえられないのである。

 ネット上を探索すれば得られる「回答らしきもの」を寄せ付けず,その深みにハマるような「問い」。それはずばり「古典」だ,ということは簡単であるし,私もそうなのだとは思っているのだけれど,その辺を今どきの学生たちにどう伝えるべきか,少々困っている。

 そういえば最近,書店に『哲学用語図鑑』という軽快なイラストの本がベストセラーになっている。そこから始めてもいいのかなと考えている。

SNSから解かれて

 ブログをかなり放置していたのは,日々が慌ただしいということもあるが,やはりSNSなどのネットツールに依存している状況のためでもあるように思う。人々の関係性の中に身を置くことは,流布する情報に接するのに都合はいいものの,孤独に思索を深めて物を書くにはあまりに他人との距離が近くなりすぎである。

 新年度に入って配属が変わったこともあり,また違った慌ただしい日々を送っている。それで,この機会にSNSの方も付き合い方を切り替えることにして,Facebookのタイムライン表示の設定を変更した。ほとんどの「友達」のフォローをやめることにした。ページやグループのフォローはそのままにしたので,いまのところ表示されるのは記事や宣伝系に絞られて,周りの人々の普通の投稿は出てこない。美味しそうな料理が流れてこないのは寂しいし,周りが注目している出来事を終えなくなるのはもったいない気もするが,グループのやりとりやメッセージは従来通り使うので,それほど問題にもならないだろう。

 昨今の教育界の風景は,現政権になってからの様々な政策推進によって変わってきている。ある意味では懸案事項に躊躇なく取り組み始めたということでもあり,そうした積極的な姿勢には期待も持つ。たとえば高大連携に伴う大学入試の見直しなどは,議論の段階から具体的な取組みの段階へ移行してしかるべき課題であっただけに,この機会をうまく活かしたいところではある。

 しかし一方で,政治主導による強引な取組みに対して警戒も必要になるだろう。たとえば先頃の学習指導要領一部改正における「道徳の教科化」は,「こころのノート」の問題に関して十分な議論による納得がないまま実行された感が強く,丁寧さの欠如に懸念無いとはいえない。

 私が主に関心を抱いている「教育の情報化」は,「ICT活用」という文脈で推進されているところではあるので,その動きが盛り上がること自体は歓迎ではあるものの,これも周辺議論の整理が十分ではないまま,新しい機器の導入そのものが先行してしまう性急さに不安はつきまとう。

 丁寧な議論の積み重ねと論点整理が必要な一方で,政治・世論の関心が高まっていることによる具体的なアクションへの足がかりをどうバランスをとって実のあるものにしていくのか。私たち自身も動向を理解して見通すことが必要になっている。

 何度かのブログ回帰宣言が,また頓挫するのか,今回こそ成功するのかは分からないけれども,なるべく考えを綴っていくようにしたい。