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研究会傍聴

2011年2月23日に総務省・ICTを利活用した協働教育のための研究会の第4回会合が開かれた。都合もつきそうだったし、視察のお礼みたいな気持ちで傍聴することにした。

残念ながら現場担当の研究者は表立って研究会の構成員と連携しているわけではない。まして、研究会側にしてみれば我々は請負事業者が勝手に選んだ存在。まことしやかに「現場の研究者はいらない」という考えもあるだのないだの囁かれている。

実際、公式に私たち現場担当の研究者はノン・クレジット(氏名非公表)であり、事業が成功しようが失敗しようが直接的な標的にはならない。逆にいえばいくらでもスケープゴートにされかねないが、要するに、そんな程度の存在である。

それでも現場に付くという役目上、実証校の取り組みを見守り、時に相談に乗ってみたり、第三者として学校と事業者のやり取りをフォローするという大事な仕事をしてきているつもりである。

だから、現場担当の研究者として、親会とでもいうべき総務省の研究会の動向はいつも気になるし、どう連携を取ればよいか、特段のメッセージもない中で考えながら関わっている。

今回、研究会を傍聴できる機会に、その辺が会の雰囲気としてどう扱われているのか、確かめようと思ったのであった。

傍聴し終えての感想は、複雑なものだった。

現場の研究者としては、ほとほと失望した。私たちの存在について触れた発言は皆無であった。あったとしても記憶には残っていない。もちろん触れる義務があわけではないが、個人的にはこれほど屈辱的な事はない。

ガイドライン作成に関わる議事内容は、可もなく可もなく…。

何のために何をやっているのか、明確なディレクションが欠けているから、それぞれバラバラに各自出来る発表をしているだけになっていた。

ガイドラインの素案検討では、聞いているうちに出来の中途半端な卒論の指導会みたいな雰囲気に変わってきて、いったいこれをどこから手直ししたらよいのか皆が心の中で頭を抱えている感じであった。

幸いそういうのに慣れている構成員から的確な示唆も飛んでいたのは救われた気持ちになったが、これを指導している担当者が実に気の毒に思える。

もちろん、作成期間も短かっただろうし、他人の書いた報告書をもとにまとめろという注文自体が理不尽だろうし、その上、読者対象と内容の方向性に齟齬があるままで、まともな物を書けという方がおかしいかも知れない。

でもさ、そんなら書けないっていえばいいじゃん。ウン千万円もらっといて、言われた通りに書きました、酷くてごめんなさいは子どもがする事です。

現場担当の研究者にコンタクト取れば、みんな喜んでネタ提供も執筆手伝いもするというのに、何で有効活用をしてくれないのか、みずほだけにみずくさい…。

冗談はさて置いても、怒りと哀しみを通り越して、呆れと可笑しささえ感じる内容だった。

少し茶化しすぎたが、国の事業というものがどういうものであり、そこに順応していくということがどういう事で、自分のできる事は本当に何もないのだなという事が分かったのは、ある意味で収穫だった。

だったら研究者として好きなことさせていただくまでである。

会が終わって、先日徳島まで足を運んでくれた総務省の課長さんにご挨拶して、みずほ情報総研の方にもご挨拶をした。

ガイドラインの素案の出来は褒めないけれど、苦労している事は分かっている。直接は励ましの言葉を声掛けして、ちゃんと10校を訪問し直して頑張って欲しいとお伝えした。

徳島はウェルカムですからね。手厳しさと優しさが同居してますから。

その後は、Twitter上で交流もあった方に誘われて築地にお昼を食べに行き、さらにお仕事の事もいろいろ教えていただいた。

そして、夜行バスで徳島へ。ふぅ、移動は大変である。

師走六日

最近は酷く落ち着かない日々が続いている。昨年は新しい土地にやってきた高揚感もあって、何だか分からない勢いもあったように思うが、今年は様々なことが目まぐるしく通り過ぎるのを、手を駒ねきながら見ている感じになっている。

きっと物事が本当に変わり出しているからだと思う。メディア報道は政治混乱や経済衰退を憂いているが、その影に隠れて、あれこれが何時の間にか動かされている。

11月30日、中教審の特別部会が教職免許を「基礎免許状」「一般免許状」「専門免許状」にする提案を行なった。教員免許取得の要件を修士レベルに引き上げることを狙うにあたって合わせて示された案である。

教職の専門性高度化のためには避けて通れない議論であるし、こうした免許の分化が最適解かどうかは分からないが、教員の仕事の多様性を様々な専門性を発揮する多様な教員によって学校を構成し対応していく必要があると私は考える。

いよいよ学校の形が変わろうとしている、そういう時代であるのだが、実際には、様々な壁があって時間がかかる。問題は今の日本に時間のかかる一大事業を支えるだけの忍耐と力が残されているのか、それが一番悩ましい点である。

その他にもいろいろあるが、とりあえず今は寝たい…。

協働的教育環境整備

フューチャースクールの仕事で大阪へ。早めに出発する予定が、科研費申請書類の作業が思いの外時間が掛かってしまい、ぎりぎりの出発となった。数分の遅刻で済んだものの、お待たせした事には変わりなく、申し訳ないスタート。

有識者会議という仰々しい名前の会議。西日本で関わっている研究者の皆さんが集まる会である。

会についての報告は、りんラボのブログで書くことにする。こちらはいつもの様に内省的なこと。

本当はもっと早くに催されていてもよかった会かもしれないが、実際に今回集まってみて、このタイミングで初会合というのもよかったのかも知れないと思った。ある程度事態が進んで、それぞれの考えていたこともあって、実に様々な意見や話題が扱えたのではないか、そう思うからである。

もちろん、それが成り立つのも、ここまで事業担当者の皆さんが奔走してくれていたおかげであると思う。私たちが言いたい事が言えるのも、グッと我慢で相手してくれるからだ。

とにかく初めて勢ぞろいした割には、とても和やかに、また率直に議論ができたのは良かったと思う。

私は相変わらず、事業者の皆さんに学校教育文化への理解や、その市場への関わり方をもっと健全・堅牢なものに変えていくことに注力して欲しいことばっかり述べていた。

ICT機器も学用品として、もっと安心して使えるものに脱皮しなければならないとも、ナントカのひとつ憶えの様に繰り返した。

それを実現することがそんな簡単なことじゃないことは分かっている。いろんな思惑うごめいているのが現実で、シビアな商業世界は私がいうほど理想的にはいかない。ったく…素人はこれだから困る、という心の声も聞こえてきそうだった。

けれども、私が何かのご縁でその席に座っているということは、それを語る役目をいただいたのだと思っている。言わないでいるのであれば、この席、誰かに譲るべきだと思う。

私たちは、この事業を、数あるばら撒き事業の一つに加えることができる立場にあるだけでなく、その気があるなら、世界を変えるきっかけを作る歴史的な一幕にできる立場にあるとも言える。

どちらの事業として仕事がしたいか、その意気込みみたいなものが問われていると私個人は思う。

私がどちらを志向し、周りをエンカレッジしたがっているかは、言わずもがな…。結末がどうなろうと、努力をしない理由はない。

慌しさを向こうにまわして

あちこちに出かけて、それなりに興味深い刺激を受けるが、ここのところ、それらをうまく書き記せていない。頭の中では、書きたい駄文が山積みなのだが、打ち込む余裕がなかなか確保できないためだ。

ぼちぼちいろんな事を眺められたので、デジタル教科書やら教材やらについて冷静に分析してみようかなとも思っている。

正直なところは、日本国民のコンセンサスの無さに、どう言説を織り成していくべきか、不安はあるのだが、この辺は私なりの想いを注ぎ足して補うしかないかなと開き直るしかないらしい。

そういえば、国の政策コンテストのコメントを書かなくてはならないな。コンテストと言いながら、基本は多数決投票なので、署名を集めるがごとく盛り上げる必要がある。

駄文でいいから書きましょう。

Education Nation

 米国のテレビネットワークであるNBCが教育関連の特番と催事である「Education Nation」を9月27日から行なっている。たまたまネットで発見した。

 日本に当てはめるとNHKの「教育フェア」のような取組みである。ただ,全米ネットされる複数の報道番組が横断的に教育問題を取り上げ,たくさんの著名人が登場し,ニューヨークのロックフェラービル前を借りて特設テントまでつくるあたり,力の入れ方のスケールが違う。

 ちょうど米国における教育の実情を扱ったドキュメンタリー映画「Waiting for Superman」が公開されたようで,アメリカ国内の教育問題を考える機運が高まってきたことが関係しているようだ。

通常営業前

 集中講義の旅から戻り、職場で仕事。後期の授業が始まる前の準備を再開する。前期試験の追試も監督。

 今月は日本教育工学会がある。ワークショップを担当するので、そのための準備もしなければならない。

 この学会でする最後のから騒ぎのつもりで取り組んで、あとは静かに文献渉猟と論文執筆(それとプログラミング)の生活へと引き篭もろうと思う。

 年内には、愛知に残してきた蔵書や家財の引越し作業をして、これまでの棚卸し作業の環境を整えたい。駄文たちも昇華させて、ひとまとまりにしなければ。

 総務省の実証実験、協議会のお知らせが届く。

 まだ始まったばかりなので、静観姿勢でいたいが、できるだけ納得が得られるものになるよう注意を維持したい。

 私が気にすべきことは、学術的見地から事業進行にアドバイスすることではある。けれども、巨額な国費を投じる事業でもあるから、タックスペイヤーを意識することも忘れないように。

 この仕事が唯一の賑やかな仕事。終わったら… また終わってから考えよう。

韓国デジタル教科書

 とある仕事の中で、韓国のデジタル教科書について触れる部分があったので、念のために情報のウラを取り始めた。出来るだけ一次情報に近い所の文言を確認したいが、頼りになるのはネットだけ。限界あるのも承知しているが、とにかく可能な限り情報を掘り出していく。

 すでに韓国デジタル教科書の公式サイトはブックマークしてあったし、研究校も探してあったので、そこら辺を中心に情報を引き出す。残念ながら韓国語並びにハングルはほとんど分からないので、ネット翻訳がフル活躍だ。以前、韓国の人たちもネット翻訳で堂々と日本語サイトにアクセスして、情報交換していることを聞いたことがあるので、私も活用してみた。

 幸い、研究校は詳しく情報発信をしてくれているので、実証実験の様子を遠い地にいながら、少し垣間見ることができた。

 韓国のデジタル教科書は様々なマルチメディア学習コンテンツとインタラクティブなワークノート、オーサリングツールとネット端末機能を総合したデバイスとなっている。

 もともと韓国にはEDUNETという教育情報インフラシステムが稼動しており、デジタル教科書もこれと連携したシステムとして構築されている。

 ご存知の通り、韓国はマイクロソフト製品を国の基盤システムに据えているので、ほとんどWindowsベースなのだが、コンテンツ管理システム自体はオープンに作られているので、デジタル教科書にはLinux版も用意されて、同時に開発が進められている状態である。(まあ、Linuxで動けば、Macで動かすのも難しくは無い。動かすだけなら…)

 子どもたちは、国語や算数、社会や英語活動等で一人一台タブレットPCを目の前におき、デジタル教室にある70インチ以上の大スクリーンを合わせて見ながら授業を受ける。

 いくつかの動画を見る限りにおいて、先進校の小学5、6年生だし、訪問慣れしているだろうことも手伝って、一斉と個別の混在した授業は一応成立していた。しかし、授業題目によっては、教室の統制をどうとるのか悩ましい問題もありそうだ。日本の授業の組み立て方だと、かなり難しいかもしれない。

 デジタル教科書開発とそのための授業方法の開発が研究目的なので、もちろん良い所ばかりでなく、不都合な点や問題点を明らかにする活動もしている。バグ報告掲示板や定期的に行われる調査や試験、実践公開に関する情報発信も学校によって程度の差はあるが行なわれている。調査はアンケートやヒヤリング等が併用され、調査事項は学習効果に関することはもちろん、ソフトウェアの使いやすさとUIに関すること、デバイスの使用によって引き起こされる健康上の問題はないか、心理的な負荷はないかなどを調べる調査まで、実に様々である。

 こうした実験校の発信している情報をみると、対外的なショーケースに過ぎないとはいえ、デジタル教科書に対する韓国の本気度を少し信じてしまいたくなる。まあ、それでこそショーケースなのだけれども…

 はたして日本のデジタル教科書普及に手を上げている人々が、どの辺まで本気を持続させようと思って取り組み始めているのか、私はまだ計りかねている。十年後もそこに留まって見守ってくれてるほど教育の人でもないだろうし、だからと言って日本や教育を思って力を注ごうとしてくれている事は否定すべきではないし…。私は相変わらず遠回りしながら片方で応援しつつも、片方で問うていくことしかできそうにない。

ブログへ帰ろう

 ゴールデンウィークもあっという間に過ぎた。天気の良い日に遠出(but 歩き)をしたが,夕刻の肌寒い風をもろに受けたためか,残りの数日は頭痛に悩まされて家に引きこもり。まどろむ意識の中で読書をしながら過ごした。

 休みの日には,ネットも通常よりはお休みモード。

 Twitterチェックは意外と時間を取られがちだったから,半日や丸一日見ないとそれなりに気楽である。賑やかなツイートの中で自分のつぶやきを記録するのも相乗効果の楽しさがあるが,同時に何とも言えない落ちつか無さもあって,じっくり本を読んで考えを紡ぐには邪魔にもなり得る。それに,世間の話題を見逃しても,特別私の生活に支障はない…。

 というわけで,GWのお休みモードをそのまま延長するのがよいかも知れない。まあ,つぶやきたいときにツイートすればいいという基本原理に立ち戻るだけなので,何も変わりはしないけれど,少しはブログに帰ってこようと思うのである。

学校教育の情報化に関する懇談会

 4/23文部科学省が「学校教育の情報化に関する懇談会」が開催された。行政刷新会議の事業仕分けで好評だったネット中継に習い,ライブ配信も実施され,現地に赴いて傍聴できない国民にも会の内容が公開された。

 総勢22名ものメンバーによる初回は,定石通り自己紹介でいっぱいいっぱい。それぞれの立場と論点を披露するだけで時間はあっという間に過ぎた。そういうのがよく分かっている人たちばかりだから,もう少し控えめにするのかなと思っていたら,資料があるからとばかりに結構踏み込んだ指摘も出してきていたのは,よい意味で予想を裏切った。

 とはいえ,座長を務める安西委員もまとめに困るほど論点は様々だったにもかかわらず,それは資料を配布したので置いといて,次回からさっそくヒヤリングですとばかりに進めていくのは,相変わらずの事務調子の進行で残念だった。

 しかも,本来であれば,懇談会の継続的な公開を確認すべきところ,あっさりと「非公開で」と閉じてしまった。企業・メーカーへのヒヤリングという特殊事情が理由ではあるが,それではその後の公開は確保されるのかどうかもハッキリは示されなかった。情報公開に対する感度の鈍さがこういうところに残っているのは今後の改善が必要だ。

 私自身は,ライブ配信で傍聴するついでに発言内容のキーワードを記録しようかとTwitterを立ち上げ,いつもの調子でハッシュタグ(#johokon)を決めてツイートし始めたら,いつの間にかtsudaっていた。論点がシンプルな人もいれば,たくさんのことを伝えたくて盛り込んでいる人,座長がまとめるのに困ったことは理解できる。

 懇談会の回を重ねていく中で,懇談会の主題と合わせて示された論点がちゃんとマッピングされ,主題との関係性や距離,優先度などが明確にされるプロセスを示しながら,最終的に情報化ビジョンへと繋げていくことが重要になる。情報化を話し合おうという会なのだから,それくらいのことを委員から積極的にやってくれないと,信頼を勝ち取ることは難しい。

 現場で頑張る人々は,いつも「出来上がったビジョン」が降ってきて,自分たちが地道に積み重ねてきた努力を脇に置かされて,それを受け取るように仕向けられてきた。

 情報化の時代は,「出来上がったもの」だけでなく,そのプロセスを追えるように情報を伝達したり共有できることに意味があるんじゃなかっただろうか。だとしたら,懇談会の議論は,あるいは企業やメーカーの考えていることさえも,現場の人々が参照できる形に公開しておくことにこそ,最終的なビジョンへの理解も得られるのではないか。

 そういった根本的なところを閑却したまま,旧来と同じような懇談会運営でこのテーマを論じても,あまり信頼は置けない。

 あらためて,この懇談会の懇談事項は

(1)授業におけるICTの活用について(デジタル教科書・教材、情報端末・デジタル機器、学校・教員等の在り方を含む)
(2)ICTを活用した校務支援について
(3)ICTの活用に関する教員へのサポート等について

 である。基本的には扱おうとしている論点は(広範な議論の企図して)曖昧である。

 だから,何か特定の目標を実現するための手段として,この懇談会に期待することは,あまり効率的な話ではない。

 この懇談会に求められていることは,来年度の文部科学省概算要求の中に盛り込むICT予算項目を明確にすること。

 そのための根拠となる「情報化ビジョン」を策定するための材料を示すこと。

 それだけである。

 そこで実のある話が展開されても,それはあくまで副産物である。

 もし,学校教育現場の学習環境を実際に管轄している地方公共団体を動かしたければ,違うアプローチが必要だ。

 文部科学省だけでは無理なのだと思う。

 総務省と経産省との連携において,両省になめられないよう,どれだけ向こうを張れるのか。

 懇談会はそのための材料を出していくことが求められている。

 そういう意味で,企業・メーカーヒヤリングを非公開にしたことは,早くも及び腰を印象づける結果となってしまったと思う。こういう場合,道理云々ではなく,プレゼンスが重要なのだ。

 財務省にコテンパンにされた経験から,文部科学省は何も学んでいない…。

使っていない筋肉

 数日前から通勤手段を徒歩にした。最近雨降りが多かったので,自転車ではどうも具合が悪いこともあったが,日頃の運動不足を解消するためにも,徒歩通勤が一番よいと思えた。

 徒歩で歩くと世界がまた違って見えたりする。通り道にはパチンコ屋やラブホテルくらいしかないので,あまり素敵な通勤路ではないが,遠くに見える眉山を眺めたり,Podcastを聴きながらトコトコと歩くのは,自転車でシャーっと走り抜けるよりも自分の存在感を強く感じる。

 どこかの雑誌に「日本人は膝下でしか歩いていない」という話が載っていた。それじゃあ姿勢も悪くなるし,そもそも運動にならないので,意識的に股を交互に前経出す感じで歩くようにしている。

 普段使っていない筋肉で歩くことになって,さらに身体もすぐ温まる。職場に着いたときには少し暑いくらいになっていたりする。そうやって日常的なエネルギー代謝があがれば,健康にもプラスになるかも知れない。

 今のうち,早寝早起きも習慣づけて,大忙しになる新年度の準備をしよう。そういえば,来週から名古屋,東京へ出掛ける。いろんなことが上手くいくといいなと思う。