駄文」カテゴリーアーカイブ

ここに来たあなたへ

こんにちは。

ここに来た皆さんに知っておいて欲しいことがあります。

ブログやSNSは「片づけてない自分の部屋」と似ているということです。

「似ている」ということは同じじゃないところもあるわけですが、とても似ていると思います。

このブログは、その時、その時に考えたことを自由に書いたものです。とても古い文章もあります。読んで面白いかどうかは分かりませんが、興味を持つ人もいるのかも知れません。

ただ、これは整理整頓されたものではありません。掃除していない部屋みたいなものです。

今は考えが変わってしまっているので、捨てなきゃいけないものも残っているかも知れません。見られて恥ずかしいことが書かれているかも知れません。もしかしたら、誰かは嫌な気分になったり、傷ついたりするかも知れません。

皆さんも自分の部屋に友達を呼ぶとしたら、普通は掃除をしたり片づけをしますよね。

だから本当なら、ブログやSNSも片づけをする必要があります。このブログもときどき掃除して何か変わったり消えたりすることはあります。でも、ブログやSNSは部屋と違って、全部を整理整頓したり、掃除することが難しいのです。

それに、キレイにしすぎちゃうといつもの自分の部屋じゃなくなり過ごしにくいのです。なので、このブログは整理もせずにそのままになっています。

皆さんは、いま、片づけてない私の部屋をのぞいているのです。

片づけてない部屋を見られてしまっていることは、インターネットの世界なので仕方ありません。

入口は開いていたかも知れませんが、片づけてないので招待したわけでもありません。

片づけてない文章のことは恥ずかしいのでからかわないでください。

片づけていない文章を読んでも、そのことをあまり気にしないでください。

考えたいことがあったら、書いてあることは忘れて、一から自分で考えてみてください。

そういう風にそっとしておいてくれると嬉しいです。

令和四年皐月十九日

開発作業が一段落した。

まだ取り組みたい開発案件は残っているので,しばらくはこうした作業を続けていく。

昨日あたりから外部からの連絡が急激に増えた。今年度の様々な計画が動き始めたということか。

お声掛けいただくことは素直に有り難く思うし,その度に区切りながらお引き受けしたいと考えている。とはいえ,代わり映えのしない全体構図の中で再生産のための仕事をするだけなら,次代の人たちに任せたい気持ちもある。この国はいろんな事柄がずいぶん停滞したままじゃないかな…と思う。

学校に情報端末が児童生徒数規模で導入されて数年経つという時間の流れである。

こういうときの説明概念としてロジャーズのイノベーション普及理論における5つの採用カテゴリーとか,米ガートナー社のハイプ・サイクルとかがある。またPuentedura(プエンテドゥラさん?)のテクノロジー統合融和の段階モデルも時間を追う形で用いられることがある。

自分や他人の現在地をどこかにあてはめて考えると,これらが周辺的なものへの理解を助けてくれる。

クラウド前提の情報端末環境は,まだまだ多くの人々を招き入れる段階にあるし,ここから苦い経験を積み重ねて沈殿するものを踏み固めたり,あるいは勢いあるうちに跳躍してみたりする長い時間が待ち受けている。

マクロには,少し気長に眺めているのが良策かなと思っている。

ミクロには,クラウドが全体に提示された状況下で,ローカルに面白味が感じられるタイミングかなと思う。

この場合のローカルは,学校内ネットワークとかではなく,学級内ネットワークというか。もっと言えば近距離通信を利用する場面で想定されるような「この場」のイメージである。

みんながクラウドに目がいっている状況で,至近距離を結ぶローカルなネットワークをコネコネするのが,密やかさを含んだ面白味を生むのではないかと感じている。

そのための武器としてRaspberry Piのような小型コンピュータを導入することを推していきたい。

残念なのは,現在,Raspberry Piも含めた電子機器の在庫状況が厳しく,価格高騰もあって,入手が困難であることだ。そうした状況が改善することを願う。

令和四年睦月三日

帰省が続いている。

実家は仕事に集中出来る環境確保が難しいため,ほとんど何も出来ない日々を過ごす。仕事を進めるには帰省しない方が都合がいいが,その選択をすることも難しい。こればっかりは相手があるだけに自由が利かない。

それでも,電子書籍をちょこちょこ読み進めるくらいのことはする。

奈須正裕先生の『個別最適な学びと協働的な学び』(東洋館出版社)を読んだ。

奈須先生の書くことは,普通に考えればそうなるよねという論旨展開をされるので,期待を裏切らない。自分とも近い考えであることも多くて,今回の書物も,ほぼ異論が無い。こうした文章を事例を交えて淡々と書ける才能は尊敬に値する。

この本では,山形県天童市立天堂中部小学校での実践事例をベースに「雀の学校」と呼ばれる従来の一斉授業的な学校教育との決別を唱えている。主なキーワードは次のような感じ。

  • 令和の日本型学校教育
  • 近代学校の誕生
  • 新教育運動
  • インフォーマルな知識からのアプローチ
  • 文脈把握
  • キャロルの学習の時間モデル
  • クロンバックの適性処遇交互作用
  • 互恵的な学び
  • 四十一人目の追究者
  • 個別的と協働的の相互促進的関係
  • 自己決定学習
  • 幼児教育に見習う環境を通した教育
  • ICTによる道具立て
  • ユーザーアカウント
  • 教師の専門性
  • 教師は何のためにいるのか

今次の学習指導要領が目指している方向性を事例でイメージしながら理解したい人には良い文献だと思う。やはり,現場とのつながりを持っている研究者は強いなと思う。

私も以前,「そもそも学校は、何のために「デジタル化」するのか」という見開き記事で,ちょっとだけ似た様なことを抽象的に論じたことはあったけれども,そういう文章はどうも反応が無くて,評価されなかった。

さて,今年は少しでも何かを書きためたいと思うのだが…。

令和四年元旦

失意したような4年前の駄文から途切れていた教育らくがきの再始動である。

いまさら無為に流れた時間の言い分けはしない。私も昨年,五十路を迎えたので,確実に人生の折り返しは通り過ぎたのだから,もと来た道を引き返してみてもいいんじゃないかと思う。

というわけで,令和に入っての「教育らくがき」である。

初めての皆様は,浅はかな駄文が書き綴られているだけの私的なブログが放り出されているとだけ理解されたし。

また新しい年が明けた。2022年は令和4年である。

ここまでの振返り

2020年より始まったコロナ禍は,デルタ株が猛威を振るった後でワクチン接種が広まったおかげでしばし沈静化していた。ところが,この年末年始あたりからオミクロン株という変異種が感染拡大するようになり,新たな局面を迎えつつある。

悪い方に振れる予測に照らせば,事態が落ち着くまでに二,三年はかかりそうだという雲行きは想定内だったが,社会全体が受けた影響の大きさは想定外だった。

私個人といえば,混乱の中ではあったが,あれこれ挑戦する場面に恵まれて,これまでと違った日々を過ごした。

たとえば,大学は対面授業の代替としてオンライン授業を実施しなければならない事態となった。そこで,これまで技術的な取り組みでしかなかった動画収録や配信の試みが,実際の仕事に適用されるようになった。

最初のうちは,収録・配信の環境を整える作業を賑やかにやっていた。機材をアップグレードすることもした。タイミング的にはテレワーク需要に巻き込まれて,機材購入が難しくなったりもした。

Blackmagic DesignのATEM miniはコロナ禍前に入手していた機器のひとつで,せいぜい一部のマニアックなユーザーが購入するニッチな商品化と思われていた。ところがコロナ禍需要で,多くの教育関係者が購入するアイテムと化した。一時は,入手に数ヶ月かかる代物となった。

基本的な環境が整ったら,あとは日常的に活用するだけ。個人的には一発撮りをリアルタイムで配信したり,オンデマンドで視聴してもらう方が手離れもよく楽なので,動画編集のような作業はほとんどしていない。

コロナ禍に翻弄される世の中が気になって仕事に手が付かない日々を送ったり,その傍らでScratch3.0拡張機能をプログラミングしていたり,そうこうしているうちにAppleシリコンによる新しいMacが登場してジタバタしていたりして,2020年は過ぎ去った。

続く2021年は,年度末までバタバタと過し,春からは感染確認数の様子を見ながら対面授業を再開した。そこで面談した学生の感染が判明。私は濃厚接触者となり隔離生活も体験した。幸い陰性であったが,2021年度のスタートは,否応なくコロナ禍を再認識させるものとなった。

GIGAスクール端末に関わる事柄にはほとんど関わらずに過していた。それでも徳島のGIGAスクール端末の不調問題などについてブログ記事を書いて,新聞に取材されたりもした。ただ,それも一過性の関心で,すぐに話題にされなくなった。あとは学校コードを利用してAppSheetベースでGIGA顛末調査アプリをつくってみたりもした。

後半には高知や奈良からお仕事の依頼があったので,少しばかり表舞台みたいなところでも仕事した。しゃべる機会はほとんどないので,聴衆が何を求めているのか皆目見当がつかず,面白くないともっぱらの評判ではあるが。

あとは生活者として日々をせわしなく生きていた。そうそう,電動アシスト自転車のVanMoofを購入したので,生活の移動可能範囲が広がったのはよかった。小さなトラブルは時々発生するものの,総じて正常に動作してくれている。

そして年末年始は,久し振りに実家で過している。

ここからの予定

2022年はまず,開発しているScratch3.0拡張機能を利用した教材やその活用案の作成に力を入れたい。プログラミング教室のイベントも近く予定されているので,それに向けて。

あとは流れのままにといったところだが,積み残している宿題がたくさんあるので,それを少しずつ進めたい。

それと,そろそろ実家に戻らなければならないタイミングも近づいている。そのための準備も取り組んでおかなくてはならないと感じている。人生の決断なるものが,いずれは来るのだと覚悟しなければ。

健康に気をつけて,前進できるように頑張ろう。この「教育らくがき」も今後は継続的に書いていきたい。

そして新年…2018

年が明けた。

2017年は、文字通りあっという間に過ぎた。あっという間に過ぎたのではあるが、まさか最後にそれが来ようとは思いもしなかった。

率直なことをいえば、12月に入ってからは、時間が上手くは進んでいない。それまでも上手く進んでいたわけではないとしても、あれこれに囚われては立ち止まることばかり。何かから逃避しようとしていること自体に囚われてしまってもいた。教育らくがきTwitterの更新も止まったままである。

そこに駄目押しがくることも想像だにしなかった。

それはいつもなのだ。年末年始というものは、いつも私にそういう苦々しいものを連れてきては去っていく。それがわかっているのだから、この年末年始は何事もなく過ごそうとしていた、そうするために他事のようなものを入れようとすらした。

ところが思いがけずそれは発生した。これはどうしたことなのか。年末年始とはそういう仕組みなのだろうか。ずっとそのことばかり考えてみるが答えらしきものが無い。

直に雲散霧消するだろう、苦さだけを残して。なぜそうなのかは分からない。

そうでない道はあるのだろうか。可能であるなら…とは思う。

引っ越し完了

 教育らくがきのデータ移行だけが取り残されていたが、数日前に無事に移行できた。

 性懲りもなくあちこちにコンテンツサービスを立ち上げたはいいものの、内容を書き込むまでいかない状態が続いている。やりたいことがあれこれあるうちは、まだまだ青臭いということは重々承知であるのだが、やはりいつまでたってもやりたいことが減らないものであるし、諦めるという潔さがなかなか身につかず落ち着かない。

 ただ、残り時間みたいなものが限られているのだということの意識は日に日に強くなるので、この数年のうちに棚卸しの準備が出来るようにしておきたいとは思っている。若干力業的にやらないと、いかんともしがたい状態なので、まだ力を集中させることに時間がかかりそうであるが、ここぞというところでひっくり返せればと思う。

 とりあえず、日々は相変わらずドタバタとくだらないことを続けて行こうと思う。

環境整理

 このブログを更新する頻度がガクンと落ちてから,どれくらいが経つだろうか。そんなことを気にし始めてからもだいぶ時間が流れて,書かないまま一年が経過したりしている。

 その理由がSNSの利用だとかいろいろ書いていたが,端的には更新のしやすい条件にあったかどうかということである。TwitterもFacebookもモバイル端末からアプリなどを使って気軽に更新できる上に,反応も返ってきやすかったので,やはりそちらを利用しがちだった。

 一方のブログは,パソコンで入力していたところからアプリに移行するのに若干ハードルがあったし,使いやすいブログ更新アプリも最初のうちはほとんどなかった。そのうえ,ブログを収容しているレンタルサーバーの仕様変更やなにやらで,使っていたアプリから更新できなくなってしまい,そんなこんなで縁遠くなってしまったというところである。

 SNSで事足りることも多いため,何を今更ブログという感じではある。けれども,海に投げ出すボトルに封入する手紙のように,宛てのない文章を書くという気楽さがブログにはあるように思われる。中途半端な思索は人を惑わせ不快にするのかも知れないが,そのことを押し付ける程度はSNSでするよりも軽いだろう。少なくとも読みたい人が読めばよいのだから。

 Facebookとの距離をどう取るのかは,ずっと気にしていろいろ試していた。「友達」を整理しようとしたこともあるし,以前もFacebookアカウントを凍結して利用を控えた時期があった。

 今回も,とある事情が発生してからFacebookアカウントを凍結している。

 誰かが,つくべきでない嘘に基づいて,私の繋がりとコンタクトをとった…ことが発端だった。

 そもそも私はFacebookを実名での仕事やその周辺の交流関係に利用していた。職場外部の方々との連絡や緒活動をご一緒するための道具として。そして基本的にはフル公開してきた。

 そこに意図せざる出来事が起こり得ることは日々覚悟しているものの,実名基本の空間で起こることなら,誠意を持って対応する姿勢である。今回はそうではなかったということだ。

 私が取り得る対応として,今回は私以外の人に対してこれ以上嘘をつかせないために,私のアカウントを凍結することにした。私のアカウントがそこにいなければ,そこで嘘をついてコンタクトを取る必然性がなくなる。

 そんなこんなで,意図せずFacebook絶ちをしているところだ。私との連絡手段にFacebookを使っていた周りの方々に迷惑をかけてしまっていること,お詫びしたい。

 というわけで,便利な道具が使えなくなった時に浮かび上がるは,使っていなかった道具の姿。なんとかしたいと思っていたブログやWebサイトを見直ししようと考えた。

 もう一度,更新がしやすいようにブログシステムを改修することにした。見た目は以前と変わっていないが,裏側は独自ドメインとネームサーバー設定やサーバーの契約見直しなど大掛かり。

 今回はレンタルサーバーとクラウドサーバーを一つずつ契約して,それぞれに振り分けることにした。いずれはVPSサービスで一本化したいが,いろいろ実験する余地を残すために,今回は2本立てにした。

 あとは,ブログとWebサイトを引っ越ししたり,再構築したりという作業。今後は,モバイルアプリでの更新もしやすくなる。どうしても長文を書く癖が抜けないが,短い文章を頻繁に更新するTwitterスタイルをブログでも取り入れられたらと思う。

SNSから解かれて

 ブログをかなり放置していたのは,日々が慌ただしいということもあるが,やはりSNSなどのネットツールに依存している状況のためでもあるように思う。人々の関係性の中に身を置くことは,流布する情報に接するのに都合はいいものの,孤独に思索を深めて物を書くにはあまりに他人との距離が近くなりすぎである。

 新年度に入って配属が変わったこともあり,また違った慌ただしい日々を送っている。それで,この機会にSNSの方も付き合い方を切り替えることにして,Facebookのタイムライン表示の設定を変更した。ほとんどの「友達」のフォローをやめることにした。ページやグループのフォローはそのままにしたので,いまのところ表示されるのは記事や宣伝系に絞られて,周りの人々の普通の投稿は出てこない。美味しそうな料理が流れてこないのは寂しいし,周りが注目している出来事を終えなくなるのはもったいない気もするが,グループのやりとりやメッセージは従来通り使うので,それほど問題にもならないだろう。

 昨今の教育界の風景は,現政権になってからの様々な政策推進によって変わってきている。ある意味では懸案事項に躊躇なく取り組み始めたということでもあり,そうした積極的な姿勢には期待も持つ。たとえば高大連携に伴う大学入試の見直しなどは,議論の段階から具体的な取組みの段階へ移行してしかるべき課題であっただけに,この機会をうまく活かしたいところではある。

 しかし一方で,政治主導による強引な取組みに対して警戒も必要になるだろう。たとえば先頃の学習指導要領一部改正における「道徳の教科化」は,「こころのノート」の問題に関して十分な議論による納得がないまま実行された感が強く,丁寧さの欠如に懸念無いとはいえない。

 私が主に関心を抱いている「教育の情報化」は,「ICT活用」という文脈で推進されているところではあるので,その動きが盛り上がること自体は歓迎ではあるものの,これも周辺議論の整理が十分ではないまま,新しい機器の導入そのものが先行してしまう性急さに不安はつきまとう。

 丁寧な議論の積み重ねと論点整理が必要な一方で,政治・世論の関心が高まっていることによる具体的なアクションへの足がかりをどうバランスをとって実のあるものにしていくのか。私たち自身も動向を理解して見通すことが必要になっている。

 何度かのブログ回帰宣言が,また頓挫するのか,今回こそ成功するのかは分からないけれども,なるべく考えを綴っていくようにしたい。

 

 

2014年を想う

 慌ただしいのはいつものこととはいえ,2014年はまた違う感覚でスッと過ぎ去る年になりそうだ。

 フューチャースクール推進事業や学びのイノベーション事業が3月に終わり,ようやくマイペースな日々が戻ってきたかと思われたが,教育と情報の歴史研究や7年ぶりの海外出張,毎週月曜夜のネット上の教育ICT談義などでてんやわんやだった。

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 1月は「教育と情報の歴史研究会」の催事を計画することから始まった。一人で年表を作る活動から,いろんな方に歴史の重要性を認知してもらうことや個々の履歴を通して歴史を語っていただくことへと活動を前進させるためであった。

 7月の千葉と11月の東京で開催した研究会には30〜40名の参加者に集っていただき,ニューズレターも発行することが出来た。歴史をまとめることや,それを踏まえた「教育と情報」の歴史学や教育学,あるいは社会学といった研究の必要性を再確認することが出来た。これを学会ベースの学術活動にするためにはもっと蓄積が必要だと思うので,私自身は来年以降も地道に資料収集や情報整理を続けていきたい。

 こうした歴史を追いかける活動のおかげで,最後の方には哲学・思想的な議論にも触れることができ,久し振りにイリイチなどの成果を勉強し直す機会を得たのも嬉しい展開であった。

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 2月は出張で賑やかな月だった。

 宮古島のフューチャースクール推進事業実証校である下地中学校の公開授業参観と講演。沖縄地域に行ってみたかった長年の願いが,この事業の出張で叶った。

 しかし,2013年10月の訪問では台風,2014年2月の訪問では大雪という天候の不運に影響されて,なかなか大変な移動であったのは思い出深い。

 2月の訪問時には経由地である那覇空港での滞在時間を長めに確保して,短時間でも那覇の街へと出歩いてみようと画策していたのであるが,羽田が大雪で大混乱をきたし,その影響で那覇行きの飛行機が大幅遅れとなって,せっかく確保した那覇での滞在時間は吹き飛んでしまった。それでも結局,宮古島には予定通り到着と相成った。

 また,帰りの飛行機の出発までレンタカーで島内をドライブして楽しんでいたのだが,いよいよ空港に向かって帰ろうという段になってガソリンを満タンにしてから乗り捨てるという約束を思い出し,さてガソリンスタンドに寄ろうとしたら意外と無い!空港に一番近いはずのスタンドは工事で休業中。その次を探して走れど走れど見つからない。迫り来る出発時刻に焦りながら,やっと見つけたスタンドで急いで給油して,一心不乱に車を走らせ空港の所定の場所に乗り捨て,荷物を持ってカウンターのでダッシュ。「私を待つ」空港スタッフに「りんです!」と叫んで保安検査場に飛び込んだのも…まあ,いい思い出といえばいい思い出である。  (かつて似たようなことをシアトル空港でやったことがある。あれも大変だった。)

 2月はその他にも東京出張をして賑やかだった。

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 3月も出張など。

 でもこの頃珍しく倒れていた。メニエール病じゃないかということで,とにかく目が回る感覚になって何も出来ない状態が発生した。

 疲労のせいだとか,ストレスだとか,いろいろ理由はありそうだけれども直接の原因は分からない。個人的に思い当たる節があるのは,ある日,顎が外れそうになったことがあり,それ以来,口の開閉のときに片方の付け根が痛い。まさにそちらの耳が聞え難くなっていたので,それが間接的にも理由じゃないかなぁと思っている。実際,その後,コンビニのパンをもぐもぐ食べている時に頑張って顎の動きを補正してから調子は戻っている。健康は大事だとつくづく思った。

 そんなこんなで,学びのイノベーション事業の会議を傍聴しに行ったり,実家の荷物を整理したりしていた。

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 4月は教育と情報の歴史研究会のニューズレター発行や大阪市で始まったお仕事関係の出張など。

 大阪市の教育センターは学校教育ICT活用事業に取り組んでいるが,今年度から始まった小中一貫校「むくのき学園」も新たにモデル校に仲間入りすることに。その担当コーディネーターとしてお呼ばれした。

 すでに7校の小中学校が先行してモデル校としての取り組みを始めており,それぞれの学校に担当コーディネーターの先生方と全体を統括するアドバイザーの先生がいる。私はそこにひょっこり加わることになった。

 新しく小中一貫校になるということも大変だというのに,そこにICT活用に関する取り組みが加わるなんて(しかも英語教育に関してもモデル校になるという),そんな大変な取り組みをコーディネーターとして見守ることが出来るのか心配で仕方がなかったが,フタを開けてみれば,とっても順調に小中一貫校の一年目が進んでいるようで,校長先生始め先生方の日頃の努力の素晴らしさに感心している次第。

 頻繁に通えていないことが悔やまれるし申し訳ないが,コーディネーターの立場として何が出来るのか,引き続き考えてお手伝いをしていきたい。

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 5月や6月も出張の季節。教育とICT関連の展示会が催されていたり,動画教材作成のワークショップの依頼を受けて開催したりした。

 教育ITソリューションEXPOやNew Education Expoは,様々な企業の出展を見て回り情報収集をする良い機会。それから人が集まるのでこの界隈の人々に会うことが出来るのも良いメリットである。なにしろ徳島に住んでいると人と会う機会が少ないので,こんな機会を捉えることも大事になる。

 動画教材ワークショップは,反転授業に注目が集まる中で依頼を受けた。いろいろ準備はしていたはずなのだが,当日はどの方法に焦点化すべきかを決められず,かなりブレながら説明をしたため,実際の操作で躓かせることが多くなってしまった。

 その後,動画教材の作り方の資料を詳しく作って提供する約束をしたのだが,あれやこれやで後手になり,まだ約束を果たせていない。宿題を持ち越すのは恥ずかしいが,タイミングを作って取り組みたい。これはずっと頭をもたげている課題であった。

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 7月は千葉県柏市で記念すべき「教育と情報の歴史研究会」第1回開催。

 会場確保や様々な準備そしてメインの内容に至るまで何から何まで千葉の西田先生にお世話になりっぱなしで開催となった。期待を寄せてくださった30名の方々が参加。進行を担う私が十分に対応出来ていなかったという反省点はあるものの,こうした歴史をたどる研究会が必要なのだということの確信を得ることができたのは良かった。

 参加者はいずれもこの界隈でご活躍されてきた重鎮や有名な方々で,呼びかけ人の私なんて歴史のこれっぽっちも理解していないのであるが,それでも,いろいろな事柄を引き出して教えてもらえるように,また若い世代にも参加してもらっていろいろ受け継いでもらえるように活動を継続できたらと思う。

 この他に,初めて鳴門教育大学の大学院で集中講義を担当する機会を得た。これも手探りではあったけれども,現職で通われてきた大学院生の皆さんと対話しながら進めることが出来,なんとか3日間のお役目を果たした。

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 8月は名古屋での集中講義と教員免許状更新講習の担当。

 椙山女学園大学で担当している集中講義「カリキュラム論」も12年目を迎えた。夏だけとはいえ,一番長く雇ってもらっていることになる。鳴門教育大学の集中講義と連続していたこともあり,ちょっと私自身パワー不足であったかもしれない。来年度はもっと内容を見直して改善したいなと思う。

 そして,職場で行なわれている教育免許状更新講習の一コマを担当することになった。これも初めてのことなので,どうしようかと悩ましかったが,とりあえず受講生同士で学んだことのディスカッションなどをしてもらいつつ,これからの教員として在り方や私がかかわっていることに関していろいろお話をした。まあ,これも来年引き受ける場合は見直しをしないと。

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 9月は学会出張など。ネット上にスナックが開店。

 EDUPUB2014という教育向けEPUB規格の技術ワークショップが日本で開催されるというので参加することにした。私自身は開発の人ではないけれども(趣味の開発はするけれども),注目される標準規格の策定作業を生で目撃したいという気持ちから申し込みんだ。一日中,英語で交わされるやり取りは非常に疲れるものだったが,この規格に関わる人々のスタンスを知ることが出来て大変勉強になった。

 日本教育工学会が岐阜大学で開催されたので,実家を宿して参加した。こちらは第30回大会という節目の大会ということもあり,「課題研究」という活動単位を発展的解消して,新たにSpecial Interest Group(SIG)を立ち上げるといった動きがあった。総じて,前向きな雰囲気に包まれ,徐々に世代交代を経ていくのかなと思わせる大会だった。私は主に「教育の情報化SIG」に参加することにしたが,異なるテーマのSIGに参加することも出来るので機会があればいろいろ出てみたい。

 実は,この月から「スナック・ネル」というネット上の仮想飲み屋が開店し,私は常連客として参加することが始まっていた。

 このゲリラ的な取り組みは,洒落っ気から始めたものではあるが,同時に,とにかく教育とICT界隈の事柄について定期的に対話していく場を作りたかったので始めたものである。  それも建前で終わるのではなく,むしろ誰もが躊躇って言えずにいた本音の部分をオープンに語って,それを契機にどうしたらよいのか出し合っていく空気を作りたかった。多角的な現状認識と批判的検討を経て,未来を探りたいということである。

 たぶん,こういう当り前のことが意外とこの界隈で出来ていない。それはたぶん関係している人たちが固定化していて事情を知り過ぎているから,あらためて多様な角度から現状認識する必要性を感じない上に,批判的検討を加えることが難しいからだろう。  そして,そのことがまた新しい人たちが入ってくる時の障壁にもなっていて,素朴な疑問を問うてはならないように見えたり,もうすでに誰かが批判的検討して現状があるのだろうと勘違いしたり,見えない慣習に阻まれてしまう機会も少なくない。

 何か批判的なことを発言したり記述すると,対象全体を否定していると誤解されやすいが,もちろんそんな単純な話であるはずがない。そのことは誰でも分かっているはずである。だから,私はその先のところで何かを語り合えたらと思う。

 こんな危なっかしい企画が始まって,とうとう年内は18回まで続いた。カウンター席に見立てたGoogleハングアウト・オンエアには毎週ゲストまでやってきてくれる。一昔前では考えられなかったことである。

 いまある道具立てで,正直なところを話し合う。シンプルなことをしただけではあるが,それがつないだご縁はとても力強いものだと思う。

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 10月は日本教育工学研究協議会が京都であった。

 日本教育工学協会(JAET)には理事として関わっている。私のような人間は肩書き仕事に不向きなのだが,他の団体と比べて学校の先生方の活躍が多いということもあって,それに幾ばくかのお手伝いが出来るのであればと思って理事をお引き受けしたのだった。

 とはいえ,拝命したものの何をしているわけでもなく,研究協議会が開催されれば参加して理事会に出るくらい。しかも今年は仕事を断るまでするから使えない理事である。

 実は,JAETでは今年から「学校情報化認定事業」というものを始めることになった。これまで「学校情報化診断システム」として研究されていたものを土台として立ち上がった取り組みである。

 この事業を手伝って欲しいと依頼されたが,いろいろ考えて今回は遠慮させていただくことにした。なぜなら私がこの事業の背景を十分理解できていないからである。

 とはいえ,事業自体が目指す趣旨は分かるし,そのことを否定する理由もないので一理事として支持しているということになる。

 これについて私の考えていることを書くと長くなるのだが簡単に説明すると…

 もともとこの事業は英国の「ICT Mark」を参考にしたもので,英国の教育情報化推進機関であったBECTA(British Educational Communications and Technology Agency)が各関係機関と連携して作成した学校ICT整備評価枠組み「Self-review framework(SRF)」をもとにつくった認定マークである。(BECTA廃止後,現在はNaace (National Association of Advisors for Computers in Education) が管轄している。)

 JAETの「学校情報化診断システム」から「学校情報化認定」への流れをしてBECTAの事業を参考にしているのがわかる。もちろん診断内容自体は日本独自のものであり,ここが研究成果の肝でもある。つまり,これが学校における取り組みのひとつの理想像を示しているわけだ。

 しかし,英国BECTAの「Self-review framework/ICT Mark」とJAETの「学校情報化診断システム/学校情報化認定マーク」とでは,文脈も位置付けもかなり異なってしまい,日本で英国と同様な効果を期待することは難しいというのが私の考えである。    というのも,BECTAという組織は英国の準独立公共機関であり,日本の独立行政法人のようなものとされている(BECTAはその中でも慈善事業目的の特殊な部類だったようだ)。とにかく,政府機関ではないが国に近い公共機関であった。

 このようにBECTAが,国家政策に関して情報発信をしたり地方の教育局や学校への窓口を担っていた機関であるゆえ,そのBECTAによる評価制度や認定制度となればその影響力は絶大ということになる。

 さて問題は,それを参考にしたJAETがBECTAほどの影響力を持ち得るのかということだ。そして学校を選択する制度の英国に対して,通学する学校が居住地域でほぼ決まる日本の制度の中で学校が独自に認定マークを取得する必然性があるのかどうか。

 JAETの事業がこの点についてどのような見解をもち,対応を考えているのか,残念ながら私の不勉強があって十分理解できなかったのである。それが協力を承諾しなかった理由である。

 あとは黙って推移を見守り,現実がどう展開するのかを理解するしかない。よい方向へ転べばそれが事実として積み重なるし,課題が生まれたならその対応を考えなければならない。いまはもう,そういうフェーズなのだ。うまくいくことを願うしかない。

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 11月は韓国出張と研究会のはしごであった。

 韓国の旅は実に興味深かった。韓国の情報はネットを経由して得ていた方であるが,実際にその土地に行ってネットから伝わる雰囲気と現実の雰囲気の差異を調整することはとても重要だ。KERISへの訪問も果たせた。またぜひ韓国に訪れたいと思う。

 京都の公開授業,東京での研究会,そして「教育と情報の歴史研究会」と3連続で催し物に参加した。そこでまた多くのスナック・ネル仲間と会うことになり「リアル・ネル」と呼ぶオフラインの会合みたいになってしまった。

 先ほども書いたようにネットの片隅で細々と営むことになるのではないかと思っていたのに,会う人会う人「ネル面白いですね」とか「リアル・ネルだ,リアル・ネルだ」とか口にしてくれる。たしかに3人が実際に揃うのはこの時が初めてであるから,そういう意味では記念すべき機会だった。とはいえ,こんなに多くの方々に広まっていることに正直ビックリしている。そしてPodcast化の覚悟を決めたのだった。

 第2回「教育と情報の歴史研究会」は当初の日程を変更するなど慌ただしかったが,今回も岐阜の芳賀先生にほとんど助けられて東京・お茶の水女子大学附属中学校で開催することが出来た。学校とインターネットの初期の歴史について,また様々なことを語っていただいた。この記録も整理して公開しなければ。

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 そして,12月は恩師や先輩後輩達との再会。

 名古屋大学大学院の時の恩師である安彦忠彦先生が徳島市に講演出張でいらっしゃるというので連絡をもらうことができた。講演仕事の後ではお疲れだろうから,翌朝空港に送るのを兼ねてお話をすることに。

 安彦先生の近況をお聞きしながら,昨今の教育界の流れなどについてもいろいろお話できた。新しいものと古いものの対比というほど単純なものではないが,いろんな立場から物事を考えなければならないことの重要性を改めて感じた。

 東京大学大学院の時の恩師である山内祐平先生が教授にご昇進されたということで昇任お祝いのパーティーが催されたので東京にお出かけ。山内研究室の歴代院生が勢揃いするという大変珍しい機会となった。

 山内先生を囲んでとにかく賑やかなパーティーとなった。主役であるのに先生はあちらこちらへと慌ただしい。最近はネットで近況が伝わってくるとはいえ,直接会うのは久し振りなので,あちこち会話で盛り上がっていた。最後は先生からのサプライズもあって最初から最後まで楽しく過ごすことが出来た。

 そして先日は,日本教育工学会のSIG-04でつくっている「教育の情報化 整備ガイドライン」の制作ハッカソンがネットで行なわれた。

 Googleハングアウト・オンエアを使って,ガイドラインを共同編集しようという試みである。どこかのスナックの方法に似ているが,まあ,細かいことは気にせず,とにかくリアルタイムに一緒に編集すれば少しは形になるだろうという目論みである。

 幸い,Googleドキュメントでの共同編集は第一歩を踏み出すのに十分な進捗があったようだ。バラバラに編集しても遠慮があって進まないこともあるが,リアルタイムにいろいろ書込んでみるという取り組みはアイデアを絞り出す圧力にはなるようだ。参加者が協力的だったのも大きいとは思う。

 いつもの癖で,周りの議論を見たり聞きながら表にまとめる編集を勝手にしていたら,まあまあ受けも良かったらしく,それもたたき台として採用されそうである。そして後日SIGコアメンバーの打ち合わせがあったらしいが,私に編集長のおはちが回ってくるとかこないとか。乗り掛かった船なので最後まで付き合う予定。

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 というわけで,振り返ってみたらほぼ毎月出張している。まぁ,悪いことではないとしても落ち着かない一年だったという印象はそのせいかも知れない。

 来年はもう少し閉じ篭もる必要があるかも知れないが,やれることやろうということは変えずに頑張りたい。

盆の裏

 
 集中講義と帰省のセットを終えて,本日(8/15)出勤である。徳島は今日まで阿波踊りで賑わっている。
 
 周囲と遊離して動くのは,端から感じの良いことではないかも知れないが,物事に一定の距離を置くことが必要な仕事には都合が良かったりする。今もそんな仕事が舞い込んで,いろいろと作業をしているところだ。
 
 お盆の裏方仕事は,それなりに勉強になる。ああ,こんな風に世間の仕事は回っているのだなと,自分の目で確認できる機会を与えてもらえたことは幸せだ。直接の仕事が終わったら,この経験をシェアできるようにしたい。
 
 そういえば,例の事業で有識者になった経験についても残していかなくてはならない。これは教育と情報の歴史研究の方で具体化したいと考えている。
 
 
 5月下旬から予定が立て込んで,ずーっと自転車操業的な綱渡りの日々を送っていた。先日の集中講義でやっと一段落したが,夏の宿題はまだ幾つも残っている。
 
 積み残しの仕事を片づけつつ,夜は賑わいを覗きに行こうかと思う。