月別アーカイブ: 2013年2月

活字とフォントを想いながら

 書かれた計画が実践されることの過程に関心があって、カリキュラム研究の世界に足を踏み入れたのだけれども、その問題意識をうまく主題にすることもままならず、幾年も時間が経ってしまった。

 書かれたものと実践することの狭間。

 パソコンとネットワークが、この問題ととても関わりがあることを直観したことから、情報とカリキュラムを考えることが私のテーマだと悟って、領域の越境を試みたものの、もともと要領がよいわけではないから、越境だけでくたびれてしまった感じがある。

 国の事業に関わることになって、七転八倒を演じてみたことで、いまさらながら過去と現在と未来を見通すことの重要性と,自分の関心がこの見通しの関係性と重なることを理解した。

 過去の積み重ねと未来を指向する現在。

 正直なところ、私は歴史が苦手な児童生徒学生であった。記憶せねばならない対象としてのそれは、私の手に余るものだった。けれども、歴史の重みを七転八倒の中で再確認する。私たちは過去を無かったことにして現在や未来だけに関わることはできない。そのことを嫌というほど感じた。

 過去を見直す作業を始めた。

 まずは文献資料を掘り起こして整理することから。もっと早くに始めておけばよかったとも思う。でも今始められてよかったとも思う。

 過去の文献資料は、コンピュータで検索できるようになったとはいえ、実物は活字印刷物であることがほとんどである。1995年頃にインターネットが普及し出すまでは圧倒的に活字印刷物が主流であり,21世紀に入ると電子資料といったものがあれこれ増えてくる。

 活字とフォントによって表記された資料を縦横無尽に集めて整理する作業は大変である。作業自体はまだ途上なので,途中成果といったものも乏しい。

 しかし、記録を確認する作業にあって、その信憑性を推し量ることがこんなにも慎重を期さねばならないものだとは想像もしなかった。

 フォントによって表示された電子資料は、改変性の高さもあって信憑性に一定の疑念を持ち続けなければならないというのは、ある程度承知もしていたし,覚悟していた。

 活字によって印字された印刷資料は、学術論文ならば査読の手続きによって信憑性が担保されているが、そうではない著書や雑誌論稿には誤字や誤認や曖昧さが少なからずあり、発表時期の古さと相まって事実確認に手間がかかることも多い。

 過去を見直す作業の必要性は確信になっているが、半世紀にも満たない歴史を振り返るだけで、こんな苦労を背負い込む実情に唖然ともしている。でも、最近は楽しくなってきている。

 そして、〈デジタル教科書〉関連本の件である。

 2010年頃から賑やかになってきたテーマであるから,それに関連する書籍がいくつか出版された。関心の高い問題にいろんな文献資料が登場することは好ましいと思うが,問題を抱えたものもある。

 特に私は次の2冊については、問題が大きいと考えている。

 ○中村伊知哉・石戸奈々子『デジタル教科書革命』ソフトバンククリエイティブ2010
 ○新井紀子『ほんとうにいいの?デジタル教科書』岩波ブックレット2012

 この2冊の著者達は〈デジタル教科書〉に関する動向の中枢に関わる当事者でありながら(であるからこそかも知れないが…)、劣悪な著作を活字として世に出した。

 何をもって「劣悪」と書くのかといえば,先々の時代に過去の文献資料として参照された場合、信憑性のある資料としての価値を大きく落としているからである。

 たとえば、中村伊知哉氏と石戸奈々子氏の著作は、他者の著作物の一部を無断引用した疑惑を抱えている(関連情報)。この事実に対して釈明などがないまま著作は絶版化し、図書館などに所蔵されたものが閲覧できる状態にある。

 当世の読み物としての価値を重視しただけなのかも知れないが,デジタル教科書に関して理解を得て推進しようとする立場の人間が、このような中途半端な著作の放置の仕方をするのは褒められた姿勢ではないし,記録として残る文献資料としては信頼性に大きく欠けることになる。

 新井紀子氏の著作は、上記のような問題はないものの、著者自身が謳っているような平等な議論の理解をしようとするには、大小多くの問題点が含まれている。

 この本を「あるデジタル教科書懸念派の数学者が書いた問題提起」と割り切って読めば,それほど大きな問題ではない。その偏った問題意識も乱れた文章展開も、懸念と批判のためであると明らかであれば、読み手はいくらでも調整が可能だからである。

 しかし新井氏は、あくまでも論点をまとめサイトのように分かりやすく提示しているだけだと主張し,自分自身は当事者ではなく中立な第三者な風を装っている。これでは、記録として残る文献資料として後世の人々を欺くことになってしまう。

 過去の文献資料を調べる作業をしている身としては,このような記録の残し方がとても腹立たしく思えるのである。こんなことは、現在の私にとって損得にはならないが、未来の私と同じ作業をする人間にとっては面倒な苦労になる。そう思うと恥ずかしくすら思う。

 一般書に対して何を怒っているのかと思われるかも知れない。昔の一般書だって正確さや出来に関して褒められるものが多いわけじゃない。そもそも一般書ってそんなもんじゃないと割り切ることが自然なんだと多くの人が思っているだろう。

 私もそれがジャーナリストや作家や編集者が書いたものなら、目くじら立てる気もない。斉藤貴男が『世界』誌の連載でフューチャースクール実証校の数を間違えて記述したとしても,別にそんなの気にしない。

 けれども、この3人はそろいも揃って研究とか大学とかと深いかかわりにあり、デジタル教科書に関しては主要なアクターという当事者の立場にある人間である。そういう立場にある人間が,印刷書籍においてこんな乱暴な仕事をしていることを、受け手である私たちが腹立たしく思わず、他に誰が腹立たしく思うべきなのか。

 私はこの3人に猛省を促したいし、この2冊の著作について無批判に扱っている人間に対しては、その真意を問うなど厳しい態度をとらざる得ない。

 もちろん、こうした批判は、私自身にも向けられる可能性はある。

 後世に役立つ記録を残し得ているのだろうか。頼まれ仕事で書いた一つひとつの文章は、読み手を欺いてはいないだろうか。真意を届けるために言葉を選び間違えてはいないだろうか。

 活字媒体のための原稿はもちろん、こうしたフォントによる電子媒体に書く文章も、気を配りながら書いている。

 確かに、主張を効果的に見せるために、芝居がかった言い回しは飛び出す。小気味よさや、見栄を切った文章は、小さいながらも人々の感情に働き掛けて、私が正論を述べているように見えるよう誘導していることだろう。

 だからこそ、そのことをいつも傍ら自戒しながら、できるだけ気を配って文章を書き綴るしかない。

 両親に感謝するこの日に、あらためて自分の作業を確認しながら、そう思いを新たにした。

 まだまだ頑張ります。
 

なぜ『ほんとうにいいの?デジタル教科書』は書き直されるべきか

 歴史を遡るためには史料を漁ることが大事なのだけれど,史料があるだけで正しい史実が浮かび上がる十分条件にはならないことは,歴史学の素人でも分かっている。

 自らの立場を明らかにしつつ,公正な議論へ開かれるように努力する方法論はいくつかあるとは思うけれども,少なくとも史料を丁寧に扱わなければならないことは不可欠だろうと思う。

 丁寧に扱うという方法にしたって,寸分たがわずというやり方や、筋は曲げずというやり方など,様々あるが,いずれにしてもそのやり方で,論者への信頼や論の信憑性が左右されることも事実だと思うのだ。

 何の因果か,新井紀子氏の『ほんとうにいいの?デジタル教科書』(以下、新井本)につっかかる契機をもってしまい,少しずつ本戦のための準備をしている。

 私個人はデジタル教科書なるものについての議論は、歴史や事実を幅広く整理し確認した上で展開され深められていくことを望んでいる。その上で建設的な見解や行動に結びつけることがベストだと考えている。

 膨大な論点があっては、議論も拡散するとは思うが,だからこそ、論点の位置づけや論点と論点の関係性を整理し確認する必要がある。それも恣意的になる危険性もあるが,そのことへの配慮の仕方が論者への信頼や論の信憑性を左右するのだと思う。

 そして、私が新井本に対して批判的なのは,冷静公正な議論のために執筆したと表明しながら,こういう部分について乱暴だということにほかならない。

 もしこの本を入り口にデジタル教科書議論に参加しようとすると,間違った知識と偏った議論を踏まえて始めることになり,これを軌道修正するのにエネルギーが必要となり,本来の建設的な議論へのエネルギーが削がれてしまう可能性がある。

 ただそれだけのことではあるが,そのことが契機となって私は新井本を批判的に検討する作業に関わることになってしまったのである。

 いったい新井本は何を間違っていて、何が偏っているのだろう。出だしの「はじめに」の1頁分だけで、この本の酷さが現われている。

 
○(2頁)「協同教育」

 →【誤記】:正しくは「協働教育」。参照した資料に誤字があったのかも知れないが,少なくとも原口一博議員や総務省は「協働教育」という表記で進めていた。著者も編集者もチェックが甘い。

 
○(2頁)「この事業はいわゆる事業仕分けの影響もあり二年間で幕を閉じたが、現在も実証実験は続いている」

 →【誤認と矛盾記述】:二年間で幕を閉じた事実はない。現在も続いていたらそもそも幕は閉じてないので矛盾した記述である。読み手が混乱する。

 
○(2頁)「明治以降、私たちは紙の教科書で教育を受けてきた。それがデジタルに置き換わるとするならば、(後略)」(中略)「そもそも、紙の教科書を今デジタルに置換える必然性はあるのか。」

 →【偏った前提】:「置き換え」論は可能性として論じられることはあれど、「組み合わせ」論の方が大勢であり,どのように組み合わせたり,使い分けたり、遠ざけるべきかが議論されている。そのような議論の全体構図が示されず,「置き換え」論だけにふれて議論を進めるのはミスリーディング。

 
 上の問題点は、まだかわいい方である。

 この調子で、勢いに任せて論点が書き綴られていくのであるが,その勢いに面食らってほとんどの読み手は「批判的に書く=冷静な議論」だと勘違いしてしまうのである。

 勢いに任せて書いてしまったとする根拠はいくつかある。

 
○(36頁)「(オンラインサービスについて)このようなユーザ向けソフトウェアの開発目的は、教育ではなく消費にある。にもかかわらず、現在出回っている教育ソフトウェアの多くが、消費者向けのソフトウェアのインタフェイスを模倣している。そのことに、開発者の多くは残念ながら自覚的ですらないのである。」

 →【乱暴な適用】:オンラインサービスの批判を「模倣している」とだけ書いて、教育ソフトウェアに適用しようとしている。模倣している事例があるなら明記すべきだし,すべての教育ソフトウェアに問題があるかどうかも書かずに「開発者の多くは自覚的ですらない」と書くのは乱暴ではないか。

 
○(54頁)「「光回線への需要喚起による「光の道」構想」という政策目標が「デジタル教科書」の出発点となったことは,教育にとっては不幸であった。光回線が必須であるような形態で「未来の学校」(フューチャースクール)の青写真を描かざるを得なくなったからである。」

→【勝手な価値判断】:なぜ教育にとって「不幸」であるのか理由が明記されてない。逆にどうだったら「幸せ」なのかも明記されていない。行間や続く記述を深読みすると推察することはできるが、それが不幸か幸せかで表現すべき事柄なのか疑問である。

 
 35〜36頁あたりの記述は,NetCommonsという情報共有基盤システム(コンテンツ・マネジメント・システム)を開発者と一緒につくった人物とは思えない配慮の無さである。もしかして自分が作ったシステムにはそんな問題がないと自信を持っているのか,あるいは開発者と一緒の仕事で意思疎通に困難を感じたことの表われなのか,それこそ余計な詮索を誘ってしまう。

 デジタル教科書に関する議論部分についても様々あるが,それは本戦にとっておくとしても,こういう調子で議論を進めていたら,正しい正しくない、メリット・デメリットとか以前に、冷静で公正な議論に入りづらくなってしまう。

 だから私は、新井本こと『ほんとうにいいの?デジタル教科書』に批判的なのである。

 新井氏は数学者なのだから,こういう文章構造も美しくない著書を出すことになって、内心は苦々しく思っているのではないかと私などは推察するのだが,その点も含めてこの本は書き直されなくてはならないと思う。少なくとも収められている論点自体は重要なものもあるのだから。

 
 岩波ブックレットの最終頁には「「岩波ブックレット」刊行のことば」が常に掲げられている。

 「(前略)現代人が当面する課題は数多く存在します。正確な情報とその分析、明確な主張を端的に伝え、解決のための見通しを読者と共に持ち、歴史の正しい方向づけをはかることを、このシリーズは基本の目的とします。」

 いま一度、新井氏と編集者にはこの趣旨を思い出していただき,正確な情報と明確な主張でこのブックレットを書き直していただきたい。それに見合う何かを発信するでもいい。
 

教育と情報の歴史探訪へ

 もう少しで小学校におけるフューチャースクールが終わりを迎える。

 何か教師支援に関することでコツコツ調査研究でも始めようかと思い,教員研修の関していくつかの教育センターに連絡を入れながら資料を集め始めた年の夏,とあるメールが届いたことから私の教育情報化めぐりがスタートした。

 それまでも教育の情報化は関心事ではあったけれども,外野に立っていたこともあって,直接的ではなく間接的に動向を把握していた程度だった。それは誰か偉い人が関与して取り組むもので,私のような外野は話題になることを眺めてやじを飛ばすのが関の山だった。

 ところが巡り合わせとは面白いもので,東京暮らしが終わって徳島に引っ込んだと思ったら,国の仕事に関わることになり,県外へとお出かけすることも多くなった。行政の仕組みを理解しなければならない場面も増え,そのための術を自分で探さなければならなかった。

 大きな事業の末端に関わり始めただけではあったが,教育の情報化に関する仕組みに直接関与する立場になって,あらためて過去の教育の情報化を振り返ろうとしたとき,その情報へのアクセスが極めて難しいことを思い知った。

 話題だけが先行し,その取組みが後に何を残して,どう積み上がっているのかを知るための資料は限られていた。この界隈は文部科学省だけが関わるわけではない,総務省はもちろん,かつては経産省も関わっていた(省庁再編前のことだ)。それらの取組みを加味して教育情報化を理解するためのまとまった手がかりは皆無と思われる。

 乗りかかった船というべきか,人一倍そういう事柄への関心が強いこともあり,教育情報化の歴史探訪を本格的に始めることにした。

 そんなわけで,流儀知らずをいいことに,あちこちに顔を出してはあれこれ質問などして勉強。まだ掘り起こしは足りないものの,少しずつ過去の流れのようなものが見えてきたりもした。

 ようやくフューチャースクール推進事業も区切りがつき,私自身の役目は解かれた。少しばかり文部科学省で始めたアルバイトの仕事が残っているが,そのことも含めていよいよ歴史探訪の本格作業を始めていきたいと考えている。まずは過去の文献を探しに行こう。

 そのまえに,一つ片付けておきたい仕事がある。デジタル教科書なるものに対する混乱状態をほぐすための情報整理作業である。これも資料をあれこれひっくり返して取り組みたいと思う。