雑記」カテゴリーアーカイブ

today1012

●先週まで実習だった2年生が連休明けの今日から戻ってきた。さっそく後期授業を担当。疲れも知らずの元気さに呆れる。友達との再会など,嬉しかったのだろうな。さて,この娘たちとも残すところ半年である。
●注目された『週刊東洋経済』誌の特集「本当に強い大学2004」に続いて,『週刊ダイヤモンド』誌は「大学よサヨナラ 驚異の専門学校」と題した特集。一般の皆さんの目にはあまり触れない雑誌『Between』(進研アド)は毎号のように高等教育段階の荒波を扱う。10月号は特集「公立大学の岐路」である。「ピンチはチャンス」と考えれば,その機会を捉えて攻めてくるところが勝ち残るようだ。
●『文部科学広報』9/24号届く。文部科学大臣が替わる前のもの。毎年恒例で平成17年度文科省所管予算の概算要求・要望内容が掲載されている。義務教育費国庫負担金の削減が注視されているが,たとえば平成16年度の場合,この予算の概算要求・要望が予算(案)としてどのような結果となったかは,『文部科学広報』の第40号一面(PDF版)第45号一面(JPEG版)を比較してご覧いただきたい。例の退職手当と児童手当の削減の結果である。今回,中学校教職員給与費の削減が問題となっている。さてはて,どうなるか。

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今年も終わりはじめる

 三連休も終わり,明日から授業も本格再開。慌ただしい日々がまた始まる。ところで,今日からスタートの月9ドラマ「ラストクリスマス」を観た。織田裕二が久々に戻ってきたことで話題なのと,矢田亜希子との共演,べたべたなラブストーリーをつくると意気込んでいる制作陣の顔ぶれも注目されている。
 個人的には織田節好きなので,そういう延長線上で楽しめると思っているが,世間的に受けるのかどうかはわからないなぁ。クリスマスに向けてのカウントダウン・ドラマであるところなんかに,白々しさを感じるかどうか,まあ,そう感じて楽しめない人は放っておきましょうという脳天気ドラマということで。でも,織田が歌う「ラスト・クリスマス」は今ひとつ画面とマッチしない。ううむ。
 おお,そう考えると今年も終わりが見えてきたのか。ちょっとちょっと,どうしよう。何もせずにここまできちゃったような‥‥。

家庭内無線LAN

 午前中から無線LANと格闘していた。私の家には書斎(書庫ともいう)として使っている部屋から電波を飛ばして,家庭内無線LANをつくってある。ダイニングに置いてあるパソコンも,その無線LANで接続するようにしているのだが,どうにも電波のつながりが悪い。書斎のアクセスポイントの向きを調節しながら,だましだまし使っていたが,この頃は一度接続したと思ったら,あとは途切れっぱなしになってしまう。電波受信状況が悪化したのか,仕方ないなぁと思い,ならば電波範囲を拡張するために小型のアクセスポイントを増設しようということになった。
 無い袖振って買ってきた小型アクセスポイントのセッティングも大変だった。これも電波状態の悪さのせいかな。とにかくなんとかセッティングを終えて,電波範囲の拡張をしたにもかかわらず,相変わらず問題のパソコンは接続せず。結局,無線LANカードを別のパソコンと入れ替えてみたら,電波良好で接続できてしまった。ああ,無線LANカードの故障が原因だったのか。買い物間違えた‥‥。
 本当は,富士通のScanSnapというスキャナが欲しかったんだよね。最近,書類の扱いに困っていたところなので,この際,全部PDF化できれば,いつでもパソコンから内容を取り出せるので便利。どこからか資金を捻出しなければ‥‥。

インフラの不安

 昨日,台風22号が首都圏を直撃した。非常に強い台風で,東日本にとっては過去最強だともいわれている。この日,私は家に閉じこもって雑事をこなしていたが,本当は東京に出かけて「beat seminar公開研究会」(BEAT)に参加してみようかと思っていた。知っている人に会えそうだったのと,「視聴覚教育メディア論」講義のための素材としても興味深いし,なにより研究への刺激を欲していたから。
 ところが,台風なのである。案の定JRのダイヤは乱れているし,東京の宿も確保していなかったのもあって,飛び込みで参加しようとしていた目論見は,あれこれ勘案して諦めざるを得なかった。ううむ,学会のために東京出張したいと思うと職場の仕事が入り,せっかくの機会で自主的に出かけようと思うと天候が邪魔し‥‥,日頃の行ないが悪いのだろうか,わたし。

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昼下がりの科学館

 平日の昼下がり,私は人気もまばらな科学館に足を踏み入れた。それは何年ぶりなのだろうか。小学生のときに友達と来て以来,20年は経過しているだろう。増築されて少し規模が大きくなった科学館は,不思議な空間だった。
 科学館のような施設は,その様々な展示の魅力が重要である。科学知識をわかりやすく見せて印象づけるため,様々なビジュアル伝達方法が駆使される。たとえば展示資料の分類には「実物資料」「復元資料」「模型資料」「写真資料」「映像資料」「音声資料」「図解資料」「解説資料」といったものがある(『博物館ハンドブック』雄山閣1990)。こうした資料を展示するために,マルチメディアを得意とするコンピュータも活用されるというわけだ。
 とにかく私たちは,ボタン一つで解説が始まったり,展示物が動き出したりする,その単純な仕掛けに喜んだ経験を持っている。ボタンが増えれば,わくわく感も増したものだ。そうやって印象に残った展示装置をいまでも覚えている。そして20年もの時を経て,もう一度科学館に足を踏み入れたとき,そこには新しい展示装置もあったが,かつて見てさわった展示品もたくさん残されていることに懐かしさを感じたのである。

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幼稚園実習指導訪問

 幼稚園で実習中の学生たちを訪ねた。昨日は雨模様だったが,今日は気持ちのいい晴れ。この時期は運動会直前で練習が重なる日々なので,実習生達もそのお手伝いをすることが多い。日常的な保育や教育の実習に取り組むことがなかなか難しいのだが,それぞれの園でいろいろ配慮していただきながら学ばせてもらっているようだ。
 あちこちの幼稚園をまわると,規模や取り組みも異なるし,地域ごとの事情の違いも垣間見える。幼稚園よりも保育所を選択する親(そちらの方が長く預かってくれるから)が多く,園児が減少傾向にある園もあった。一方で,園児600名を切り盛りする大規模園は,慌ただしい中にもどこか優雅な(悠長な?)雰囲気があったりもする。
 義務教育費国庫負担金をめぐる議論で,国庫負担金が廃止になれば地方の教育に格差が生じるという問題が指摘されているのはご存知の通りである。たとえば日本の教育を考える10人委員会サイトや『世界』10月号の論考を参照。難しい議論は別にちゃんと押さえるとして,実際に格差が生じたときに見えてくる風景は,いまの幼稚園や保育所の世界なのかなとぼんやり思った。古めかしく卒園生には懐かしい園舎も味があっていいのだとは思うが,一方では潤沢な資金のおかげで新しくて明るい園舎や部屋がまぶしいところもある。地震があったらと思うと,両者の違いが何となく不安でもある。たぶん世間の人には,そういうものさえイメージできていないのかも知れない。
 思ったのだけれど,たとえば10人委員会のサイトも小綺麗にまとまって,スライド資料のPDF等の資料は悪くないが,いっそのこと「金持ちA学校×貧乏B学校」ってな企画で,イメージ写真や映像をつくってみてはどうだろう。とりあえず発言しましたというアリバイサイトに終わりたくなかったら,世間の人々に訴求することに徹してみるのも悪くない。え?それはマイケル・ムーア的だって?ははは,かもね。

10月がやってきた

 今日から10月。秋といっていい時期のはずなのに,日中はまだ暑さも残る。来週くらいからは秋物が問題なく着られる陽気になるといいものだ。今週も一段落,来週は幼稚園へ実習訪問に出かける予定。まだアポが取れていない,どうしよう。
 先日の台風の日には高校訪問へ出かけ,大雨と強風の中をドライブ。あちこちに点在する担当校の進路指導室にお伺いして,資料を渡したり,様子を教えてもらう。短大なんか相手にしない高校もあるし,そうはいっても訪問客,台風の中をびしょ濡れで訪ねにきたのが哀愁を誘うのか,その優しさが身にしみた訪問校もあった。最後の高校では,駐車場の排水溝に車のタイヤがはまり,独りでジャッキアップして悪戦苦闘していたら,やみかけていた雨が大泣きをはじめるコメディ映画状態。それを,訪問しようとしていた学校の先生が校舎から発見してくれて,他の先生方と一緒に救援してくれた(ホントの話だけど,ヒミツの話)。その日に高校訪問に出かけたのは,担当授業がない日だからなのだが,先生にとっても台風は授業のある日の午前中にやって来て欲しいと思う一例である‥‥。
 なにやら小学生の天動説問題が賑やか。学会なんかで改めて取り上げると,文部科学省も無視できないのか,記者会見でコメントしたのだという(この「記者会見」というのが,いつも気に入らない。私たち一般人はどこからそのニュースソースを得ればいいのか。東京人や記者クラブの連中の仲間内で勝手に盛り上がらないで欲しいよ)。はっきり言って,この話題で盛り上がる基準が私にはわからない。どう考えても些末な話だ。文部科学省が「中学校で扱います」なんてコメントする事自体,筋書き通り,予定調和のせりふを引き出したに過ぎないわけで,なんも意味がない(しかも得体の知れない「記者会見」でのコメントだ)。もっと新聞スペース費やすべき話題があるだろうに。
 さて,来週の準備をしましょうか。

リスニング試行テスト

 大学入試センターは,再来年1月のセンター試験で導入される英語のリスニングテストのため,抽選で選んだ高校2年生約4万人に参加してもらって,試行テストを今日行なったようだ。(ニュース検索)
 センター側も,今回のリスニング導入には並々ならぬエネルギーを注いでいるようで,とにかく試験が問題なく遂行できるよう,この試行テストから得られるデータも参考に準備を整えたいようだ。今回のように台風がやってくるなどのアクシデントは,季節が違うとはいえ何があるかわからないという点で,よい教訓であろう。その他,試験官の足音や消し忘れた携帯電話などの周囲の音や飛行機等の騒音,再生機であるICプレーヤーの故障・操作ミス・配布や回収そして輸送にいたるまで,完全掌握しなければならない。

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公私混在

 気分転換に見るWebニュースで,学校や教師の不祥事に関する報道が絶え間ない。それを報道する者の凝固した想像力と粗雑な文章力のせいで,現実がもつニュアンスは紋切り型の不祥事ものへと処理されているのが読むだけでわかる。もちろん,こういう報道記者に対する固定観念も疑う必要があるのかも知れない。けれども,見せ物的なニュースがこうも日常茶飯事にもたらされると,この人達,学校教育に残されたわずかな信頼さえも失墜させようと意気込んでいるのではないかと思いたくもなる。
 もっともこの頃,学校現場とインターネットという取り合わせの狭間で起こっている事件は確かに多いし,私とて,教育現場を職場としている人間ゆえ,長らく続けている個人Webサイトについて,再考しなければならない時期にきていると思う。メディアに関する授業準備をする中で,そんなことも考えていた。
 私はパソコンの先生で雇用され,サラリーをもらっている。「情報技術」周辺の事柄について関心があり,月並みだとしてもスキルを持っていたからだ。もっとも,個人的な研究専門分野は「教育」だから,「情報技術」と「教育」が重なるあたりに研究者として身を寄せていることになる。
 けれど,私の中では社会・人文科学系の問題意識の方が高いらしく,そういう観点から,「学校教育にパソコンやインターネットが入るなんて事の大変さに私たちは対処できるのか?」と憂いでいる自分が常に内在している(ラッダイト的感性?)。
 私は可能性について目を背けているつもりはない。脳天気な私は,結構いけいけドンドンな人である。面白いことに挑戦しないなんてあり得ない。けれども,可能性に目を奪われることで,取り返しの付かなくなる事柄には何度も出会ってきた。だから,周りの人々が可能性を論じるなら,私は懸念を表明するバランサーとして身を置きたくなるのだ。
 不祥事報道や学校批判記事などに接するとき,たぶんそういう自分の中のバランサーが働くのだと思う。そのうえで自分の態度を選択しなければならないし,行動もしなくてはならない。
 もっとも,健康状態や生活の慌ただしさによって,自分のバランサーがうまく働かなくなることは多いけれど。

さあ,後期だ

 いよいよ後期がスタートした。授業再開である。もっとも学年によっては実習に出かけているので,そうでない学生達の授業から五月雨式に再開される。ペースをつかむ助走期間としては有り難い。でも来年度の学年歴を変えるとか会議しているみたいなので,来年はまた違った雰囲気になりそうだ。
 結局,非常勤先の補講やら集中講義などもあって,この時期あちこちでやっている学会に出かけられなかった。日本教育工学会の大会も今日までやっているが,悔しいけれど今年も欠席。また情報収集をしておかないと‥‥。
 さて,気持ちを切り替えて,後期授業の直前準備。後期は「情報基礎演習」というパソコンの授業や「卒業研究」というあれこれ挑戦する授業に加え,幼児教育課程の「教育方法論」が入り,非常勤先では「教育学」に変わって「教育の方法と技術」と「視聴覚教育メディア論」なる授業を担当する。特に「視聴覚教育メディア論」は今年度からはじめて担当する科目なので,講義全体の段取りがまだ固まっていない。日頃からメディア論系の文献は好きで眺めているが,講義となるとそれなりの構成作業が必要だ。
 そんな感じで,慌ただしい日々はそのまま後期にも引き継がれるのでありました。実習訪問と高校訪問どうしよう‥‥。