日記」カテゴリーアーカイブ

霜月四日

 11月に入った。光陰矢の如し。仕込み作業は淡々と続いているものの,卵になるには遥かに長い時間がかかりそうである。お金で早期解決することも多いけれど,自分で納得して進むのが私流なので気にせず続けよう。

 ブログを書く間隔は間延びしてしまったが,教育フォルダのTwitterアカウント(edufolder)では不定期ながら教育関連のWeb記事へのリンクを流し続けているので,ご興味があれば気軽にフォローやリストに加えていただければと思う。教育フォルダなりのフィルタリングによって届く情報ゆえ,いつものように距離をとっていただく必要はあるが,それなりに面白いのではないかと思っている。

 iPhoneで遊んでいたのが縁で,地元のコミュニティFMにお呼ばれすることになった。地域と触れ合うきっかけになれば嬉しいので(もちろん,出たがりというのもあるが),喜んで出演をお引き受けした。

 何をしゃべるかは相手をしてくださる方と打ち合わせるので,そのとき考えればいいが,それよりも3曲リクエストを考えなければならないので,それをあれこれ悩んでいる。お昼の番組だから,それなりに元気のよい曲がいいだろうけれど,その手の好みのレパートリーは月並みなものばかりだし…。それを無視して好きなものをお願いするなら,あれもいいし,これもいいし…。ははは,しゃべらないで曲だけお願いしようか。

 むむむ,そうなると,ここを検索して見る人も多くなるのか…。

 
 初めての皆様,いらっしゃいませ。

 教育に関して遠回りしながら無いこと無いこと書いているブログです。

 徳島に引っ越して,仕事も人生も模索しながら過ごしている最中ゆえ,

 あんまり実りあるブログにはなってませんが,そのうち面白くなります。

 合言葉は「こっそりお付き合いください」ですので,皆様もどうぞ

 こっそりお付き合いください。

 番組出演,ちょっと味をしめたらポッドキャストでも再開しようか…。ははは。

神無月八日

 強力な台風と前評判は威勢よかった台風も,私が住む場所では,夜の内に通り過ぎ,目覚めたときには「どうぞいつも通り出勤してください」状態となっていた。台風にも距離を置かれるとは,つくづく付き合い運の無い私である。

 幸い,多くの学生たちも観念して出席してくれたので,補講する面倒は避けられた。まあ,いつも通りに生活できるのが一番である。考えてみれば,働く場所があり,住む場所があり,食べていけるのだから何事にも文句は言えまい。

 気がつけば一週間という時間が過ぎる。やっていることといえば,授業の準備と仕込みの勉強。あれやこれや手付かずの宿題は山積しているが,調子を整え時間を確保して順に取り組むことにしよう。

 先日のNHKスペシャルでは,「セーフティーネット・クライシスvol.3 しのびよる貧困 子どもを救えるか」が放送されていた。私は再放送で見ることができたが,「しのびよる」というよりも「到来した」とでも表現してもよい貧困状態を描いていた。

 「財政的虐待」という言葉を取り上げたこともあったが,福祉あるいは教育に対する財政投入を限りなく低く押さえてきたやり方が,幾重ものセーフティネットを消失させるのに繋がってしまったことは,紛れもない事実である。

 私がネット上に駄文を書き始めた十数年前には,ここまで深刻な状況は社会的にも関知されていなかったし,それは一部の問題として存在するに過ぎなかったように思われる。

 だからこそ,「教育らくがき」のような教育に対する駄文・放談がまだ許されていたように思う。内容の善し悪しはともかくとして,教育について考えを巡らして,投げ掛けていくことの重要性を信じられるからこそ続けてきたようなものだった。

 しかし,いまは,何かを語れば「財源は?」的な反応一辺倒だ。

 番組で指摘があったように,教育への財源投入は,未来への投資だと考える必要がある。

 確かに私たち多くの世代が「投資をしてもらってこなかった」世代という認識があるだろうから,教育投資の意義を理解するのは難しいかも知れない。まして,学校教育に不幸にも悪印象を持っている人々は,あの場所に税金が投入されることに感情的な嫌悪感すら抱くのだろう。困ったことに,影響力を持っている人たちほど「学校」が嫌いだったりする。

 けれども,それは逆に「学校がロクな投資をされなかった」その結果として悪印象になったのだと発想の転換をしてもらう他ない。学校教育は,まだ様々な可能性を隠したまま閉じこめられているのである。

 もちろん,もはや問題は教育に留まらない,貧困という最低限の生活水準の維持さえ危ぶまれている事態である。だから,能天気に学校教育だけを語ることは難しくなっている。

 その問題の解決の糸口づくりは,現政権の手腕に期待して応援するしかない。

 今週末は旅に出ようかと思っていたが,財布が寒いことに気がついた。仕方ないので,自転車で遠出するか。

神無月二日

 10月に入り,後期の授業が始まったところも多いだろう。私の勤務先は先月中ごろからスタートしているし,以前お邪魔した非常勤先は今月後半まで休んでいるところもあるので,実際は様々である。

 後期も6種類7コマの授業を担当している。毎度,この手の話題になると,この担当数が「多い」のか「普通」なのか「少ない」のか,判断に困る。だから,会話の時には相手の基準に合わせるようにしている。

 前期に準備した科目もあるとはいえ見直しも必要だし,新規に準備すべき3種類と合わせて,授業は毎日気が気でない。そうやって準備しても,授業中にスヤスヤお休みになっている姿を見れば,自分の力量不足を責める他ない。研究室に戻って,ぐったりして,あとは淡々と仕込みしたり,次の授業の準備をしたり…。

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 「教育方法・技術論」は教職科目。2コマあるが,どちらも5人程度の少人数。

 この科目は経験も長いので,わりと話す事柄も用意があるが,当然,最新情報を踏まえてリフレッシュしていく必要がある。東京暮らしで学んだ「学習科学」も取り込んでいるが,最近ハンドブックが出版されたこともあるから,見直してさらに膨らませたい。それと,より現場の実態に合わせた指導案の捉え方や,デジタル教材の活用といったトピックスも盛り込む。

 少し欲張りだとは思うが,まじめにやったらこれくらい盛り込むだろうと思っていた。しかし,「再履修」となって私の授業を受けに来た学生によると「別の授業ではエクセルやパソコンばっかりだった」そうで,学校現場の話とか,教育の考え方の話は新鮮なのだという。ちょっとビックリしたし,ちょっと悩んだ。

 「教育学B」は薬学部向けの一般科目。水曜日の1時間目にあるが,受講生はひとり。

 しかも,300人くらい入る大講義室なので,だだっ広いところにポツンと二人きり。それでも,素直でまじめな男子学生が受講してくれるというので,彼と一緒に教育学の勉強を始めることになった。このシチュエーションは,別の非常勤講師先で一度経験したことがある。

 彼の興味関心に沿って進めることもできそうなので要望を聞いたが,特別強い関心を持っている話題はないとのこと。せっかくだから一冊,本を一緒に読むのはどうだろうと提案したりもしたが,普通の講義でお願いしたいということなので,前半は講義をして,後半は雑談っぽく教育の話をしようかと思っている。

 「PCデータ活用実習」は資格のための科目。エクセルの使い方を20数名と学ぶ。

 パソコン・インストラクターの仕事なので,エクセルの操作方法を伝授した後は,いろいろな課題の解き方をひたすら解説していく授業である。VBAとかまでは要求されていないので,日商PC検定に焦点を絞って,その範囲内で知識や技能を学んでいくわけである。

 この手の授業は,単純作業的な授業の割りには,授業準備が大変である。授業で扱う問題を探してきたり,アレンジして作問したりしなければならない。はっきり言って,手間がかかる。
 その上,受講生の習熟度は異なるから,初心者には迷わないように配慮する必要があるし,できる学生には次に取り組む予備の課題を用意しなければならず,多方に配慮が必要だ。そして,この授業にはアシスタントがつかないので,すべて独りで対応しなければならない。連続授業だから終わるとぐったりする。

 「情報リテラシー」は全学生が受講する共通科目である。40名弱の受講生。

 時間割りの事情があって後期に開設されているが,要するに入学者に向けて学内のコンピュータの使い方や情報の基礎を学ばせるという授業である。幸い,共通のカリキュラムが準備されているが,見直しは必要で,それなりに準備が必要になってくる。

 情報リテラシーや情報モラルといった知識的なところ,ワードとエクセルという技能的なところをちゃんと身に付けましょうという授業だが,週1回触れる程度では,なかなか上達しないところもあって,なかなか難しい。

 「情報ネットワーク論」は様々な資格に必要となる科目。25名程度の受講生。

 インターネットの技術的なしくみや応用範囲を学ぶことになる。とりあえずは,日常的なネット世界の広がりを体験してみるところからスタートしている。情報ネットワークを学ぶのだから,情報ネットワークを少しは好きにならないと。

 硬軟取り合わせて,ネット上のサービスやサイトを紹介した。「Yahoo!やGoogle以外に検索サイトがある」ということに驚いている学生もいたし,「プーペガール」に興味を持った女子学生もいた。「ユニクロ・カレンダー」の動く写真が面白くて見入った人もいたし,「ほめられサロン」で出てくる言葉に笑っていた学生もいた。

 「情報機器概論」は司書資格のための科目である。受講生は10名弱。

 1単位の短い講義。しかも,司書資格のカリキュラムは見直しが進んでおり,選択科目である「情報機器概論」は新しい必須科目の中に吸収されることになっている。

 もともと図書館司書が情報機器(図書館システムなど)を扱うことや,電子図書館というものへの理解を深めるために用意された授業のようなので,それを想定して授業を構成する。図書とは何か。情報とは何か。ライブラリーの親戚(?)になるアーカイブスのことも関わっているので,その知見を盛り込んでいこうと思っている。

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 という担当内容である。前期と比べると受講生の数はぐんと少なくなって寂しい限りだが,自分にできることを提供していこうと思う。まあ,死なない程度に頑張りましょう。

長月二九日

 あれこれ書かねばならぬ駄文もあるが,仕込みや仕事であっという間に日々が過ぎている。九月の東京出張が終わり,長きに渡る東京暮らしの残り火も消して,いま住む場所に腰を据える覚悟がようやく整った。あとは,ここで頑張って行なっている事柄をどう発信するのかということである。

 とはいえ,いまは仕込み中。

 開発物が普及しないとか持続性が有るとか無いとかいう議論は本当なのか。それなら実際に開発してみよう,そして試してみようという単純素朴な実験に向かって準備中だ。

 「ITばかりの話でICTがない」という質問の真意を読み取ることへの挑戦も組み込まれている。Communicationという言葉や頭文字の有る無しという理解や,単なるご乱心で片づけるのは,もったいない。

 それをやったら「研究者」じゃないという議論が待ち受ける。

 まさにそれが問題なんだ。「研究者」って何なのか。

 一握りの優秀な研究者はともかく,平凡な研究者も同じ議論ができるのか。

 
 とにかく,いまは仕込み中。

 堅いものも柔らかいものも取り合わせて奮闘中である。

長月二三日

 日本教育工学会の最終日を終えて,翌日徳島に戻った。シルバーウィークの東京滞在は,3年間の東京暮らしを少し冷ました後で,その距離感を味わってみるような時間だった。また,訪れたいと思えたのだから,よい距離感なのだと思う。

 連休の疲れ?を連休最終日に癒しつつ,すでに後期が始まっているから休み明けの授業の準備をするため職場に来る。録画してあったニュース番組をチェックしたり,学会で会うことの出来た人たちを中心にTwitterのフォロー返ししたり,買って持ち帰った本を眺めたり,いろいろしているうちに時間も経つ。

 『技術の哲学』という岩波テキストブックは,日本教育工学会のシンポジウムなどで語られた問題を考えるのに良い材料を提供してくれそうだったので思わず買って帰ってきた。プロメテウス神話にいろんなバージョンがあるということを説明してあって,なかなか面白い。またシンポジウムについての駄文を書くときに引用したい。

 研究に関しては,山のように宿題があるので,後手に回っているが論文執筆も含めて継続的に取り組んでいこう。新しいことの仕込みも進めていかないと…。

 要領が悪いのは相変わらずだけれども,とにかく頑張っていきましょ。

長月九日

 9月に入ったかと思えば,はやいもので上旬も終わろうという頃。

 まだ後期に向けての助走期間中なので,前期の追再試やその成績処理,いくらかの仕事をしている。今月後半には日本教育工学会大会があり,私も昨年の発表の完結編がある。

 一頃に比べればだいぶ過ごしやすくなり,秋も遠くないと感じるようになる。先日は,夕方になってから職場の近辺を散歩した。日向は暑いが,蒸し暑いということはない。

 自宅にくつろげる椅子がないので,ふと見かけたインテリアショップで物色する。お洒落かつ折り畳める椅子があった。座り心地もなかなか良い。あまり迷わず購入した。梱包は予め処分してもらうとして,中身をそのままお持ち帰りした。

 家には寝に帰ってるという感じで,くつろぐ時間は長くないが,少しは居心地が良くなった。まともな電灯がまだ無いので(デスクライトや洗面所の電球と台所の蛍光灯だけ),冬のボーナス時には家の中を明るくしたい。ははは。

 気がつくとここ数ヶ月でTwitterの知名度も利用者も急増。私もアカウント追加したりと利用頻度を増やしてきた。

 もっともフォローするかしないかの判断は難しい。確かに相互フォローした方がTwitterの真価を発揮できてよいのだけれど,私なんかは物事への没入傾向が強いので,そこにのめり込んじゃう怖さもあって,あえてこちらからのフォローは自粛をしている(フォローしないことで気を悪くされている人がいたら,ごめんなさい)。

 気が向いたらあちこちのアカウントをクリックして,Webで見たりするくらいが私にはちょうどいい。(そんなこと言いながらGoogle Waveとか気にしている私。)これも広い意味でフィルタリングやアクセスレベルの議論に含まれると思う。

 政治の世界では,政権交代の準備が進んでおり,それに伴って様々な情報が飛び交っている。私が居る教育(文教)界隈の事柄についても,選挙で取り上げられた「子ども手当て」を始めとして,大きな影響が及びそうであることが言われている。

 本来ならば,教育の大事なところを守りながら軌道修正していくことが出来たはずなのに,それをずっとしてこなかったために,今日の状況に至ったと思う。もちろん政治の選択が,納得させられて,人心掌握できるハッタリをかませるかどうかに依存している以上,軌道修正云々の議論が負けていたのだと認めるしかない。とにかく何でも起こり得るのだと覚悟する他ない。

 そんな世間の喧騒の中で,職場と自宅の往復を繰り返していた。

 それで私は,残りの人生をどんな風に過ごそうかと思いを巡らせていた。

 せっかくのご縁で越してきた徳島である。ここで何か出来るといい。

 なんだかんだ言って,好きなことをさせてもらっている。久しぶりにプログラミングに没頭。人に言わせると,最も質の悪い現実逃避に分類されるが,これが唯一の娯楽(?)であるから許して欲しいなと思う。

 え?何をプログラミングしてるかって?そりゃ,iPhone OS用アプリに決まってます。ゆくゆくは学校の教室でみんなが使えるアプリを提供できるように鋭意奮闘中。運が良ければ研究(と資金調達?)も出来るしね。

 そんなこんなで,人知れず勝手に突っ走る私。

葉月二五日

 お盆を過ぎて徳島に戻ってからも,積み上がっている校務や雑務のあれこれに手を付けて日々が過ぎている。前期の追再試や後期の授業準備もまだこれから。今月も来月も,ガヤガヤと予定が入って賑やかである。

 学校の先生達が参加する研究会やセミナーにお誘いいただいたので出席した。何が違うのかをはっきり言えないのだけれど,その土地土地によって雰囲気が違うなと感じる。まあ,場所も面子も題目も違うのだから,雰囲気が違うのは当たり前か。

 さらにいえば,私自身の気持ちが変化していることも大きいかも知れない。

 どう変化したのかは,またゆっくり書きたいと思う。

 今日は期日前投票に出かけ,集中講義の提出課題をチェックなどした。まだ宿題山積み。

 でも本当は,またプログラミングしたいんだよね。

葉月一三日

 なぜか名古屋滞在が長引いている。徳島に移り住んだのに阿波踊りを見ることが出来ず残念。また来年期待するとしよう。とはいえ,ぼちぼち戻らねば。

葉月九日

 仕事ついでにしばし里帰り。のんびり過ごせばよいのだが,実家に戻ると「のんびり」というよりは「だらけ」てしまうので,実家に戻るのは気持ちよくない。こもりがちになるし,あっという間に時間が過ぎるのも難点だ。

 それでも,世間には里帰りできない人もいると考えれば,集中講義のおかげで強制的に里帰りできるのは有り難い。まあ,できるだけ,だらけないようにしよう。ぼちぼち徳島に戻るべき頃だが,天候がすぐれないので様子を見ながら移動日を決める。

 最近は,少しずつ歴史を気にして学んでいる。

 私自身が曖昧なアイデンティティの上に生きているので,若いうちは勢いだけで物事を考えても理屈として正しければ問題ないと思っていたが,歳をとるにつれて何を拠り所にすればよいのか見えなくなってきてしまった。

 結局,歴史との対話を通して,先を見通すしかないのかなと。

 とはいえ,歴史を勉強する余裕もない,目まぐるしい毎日が過ぎる。

 あまり大きなことを考えず,せっかく田舎に越したのだから,

 あとはしがない大学教員として静かに暮らそうか。

 それが分相応なのかなとも思う。

 ああ,だらけるとマイナス思考だ。温泉でも行って生き返りたい…。

葉月七日

 集中講義「カリキュラム論」が無事終了した。

 半期を通して取り組むのも悪くないが,短期間集中して取り組むのもやり甲斐がある。

 学生達の感想も「あっという間だった」「合宿みたいだった」と達成感に満ちていた。

 カリキュラム研究の成果そのものを勉強するよりも,それらを下敷きに学習指導案や
評価規準表をつくる課題に取り組むことを軸とした授業であった。

 もちろん各教科教育法のように専門内容の指導は出来ないが,どのように授業を構成
していくかを意識しながら課題に取り組む。

 集中だから質問があればじっくりと相談することが出来る。学生達が考えた指導案を
叩き台に,一緒にアイデアを膨らませていく作業は,なかなか楽しい。

 授業最後のコメントに「夢に出てくるほど印象に残りました」と書いてあったのには
笑った。それほど苦しめていたのかも知れない。

 「カリキュラム論,やってみると私が思っていたのとは違って,とても範囲が広いもの
でした。ひとことでカリキュラム論といってもいろいろな方向から授業のやり方を考えて
いく深い学問なんだという印象をうけました。」

 そのことが伝わったのであれば,今回の講義も大成功である。

 来年の夏も楽しみだ。