月別アーカイブ: 2006年10月

神無月22日

 新宿で開発研究プロジェクトの検討会議に出席。進捗状況をここで一気に把握し直して,秋からの作業を前進させる。実践事例を得るための準備を急がねば。
 活動しているとそれほど気にならない程度だが,帰国後どうも喉の調子がよくない。風邪でも惹いたか,時間差疲労がやって来たのか。もしかしたら留守中,部屋にほこりが溜まり過ぎていて,それを吸込んでいるためかも。掃除も洗濯もまだできてないので,ぼちぼち動き出さねば。
 新宿の本屋に寄って。中原淳編著『企業内人材育成入門』(ダイヤモンド社2006.10/2800円+税)を購入。心理や教育分野の知見を企業内教育の文脈により沿う形で紹介し,学問的後ろ盾の提供を目指している。不思議なことに,教師教育分野に対してこうした平易な説明を目指すタイプの書籍があまりない一方で,企業人材教育の分野は(出版の市場性もあって)こうした本が登場しやすくなっている。学校現場はこうした本を逆輸入して読む状況になっている。
 この本は,学習研究に関する昨今の知見をふんだんに鏤めてあり,あらたな基本文献として長く読まれ継がれることだろう。2800円という価格設定は,定本としての自覚と入手のしやすさへの配慮の両側面が見え隠れする。この心意気に応えて,手に取る人が増えれば,学習に関する全体議論がもっと前進するだろう。

 amazon.co.jpの画像着きリンクはなぜ縦型しかないのか…。横型のものがあれば一冊紹介の時に使いやすいのに。横の空間がもったいない。今回は特別。
 今週金曜と土曜に熊本で日本教育工学協会の大会があるという。その次の週には,似たような名前で日本教育工学会の大会が関西大学で催される。関西大学で行なわれる「工学会」には出かけるつもりだったが,熊本の「工学協会」は知らなかったので予定してなかった。でもみんな出かけるみたいなので,覗きに行くことにした。宿探さないと…。

携帯電話の教育活用セミナー

20061020_keitai 品川の東京コンファレンスセンターで,社団法人日本教育工学振興会主催の「携帯電話の教育活用セミナー」が催された。研究プロジェクトの末席に加わっているので,発表の担当ではないが,出席する。
 教育と携帯電話。この前哨戦は,教育とポケベルという問題で90年代初頭から始まっていた。94年に葉月里緒奈,95年に広末涼子がポケベルをCMの中で印象づけ,料金低減と端末お買い上げ制によって「自分のもの」としての所有欲を満たし始めた。いまは少なき公衆電話が,我が世の春を謳歌していた時代でもある。中高校生が公衆電話のプッシュボタンを高速で押しまくる「あの音」も懐かしい。すでにこの頃,学校に通信端末が入り込む風穴が開いていたのである。
 ポケベルが個人を狙い打ちしてメッセージを送信できる可能性を印象づけた。やがてPHS・携帯の普及によって発信さえ個人の手中に収まると,偏在する発信者と受信者の間で,膨大なメッセージ交換行為が発生しはじめる。
 そして,街中の至る所で小型の電話機に大きな声で話しかける人々の姿があふれ出していき,i-modeに代表されるメールや情報閲覧サービスの普及がで黙々と小型端末を操作する人々を生み出したのはご存知の通りである。
 少なくともそんな流れで10年もの時間が経過した。宣伝文句の真偽はともかく,毎年繰り返される新機能の追加による端末進化が私たちのパーソナルコミュニケーションを変革してきたことが本当だとしたら,すでに10回も変革してきたことになる。もしくは携帯端末の世代に基づけば,第3世代携帯を得ているので,3回の変革を迎えたことになる。
 多く見積もって10回,少なく見積もって3回の変革が起こった経験を踏まえ,教育現場にもそれなりに対応策の蓄積が共有されているだろう,と皆さんは考えられるかも知れない。
 ところがそうでもないのである。教育現場もまた消費者と同じように目まぐるしい変化に眩暈し,メリットとデメリットの見極めさえ定まっていない。どちらかといえばデメリットの方が安定して浮かび上がるため,懸念態度のほうが取りやすい(そうでなければ,キャリアの回し者みたいな風になってしまう)。
 ここにも教育現場を支援するための全般的な環境不整備や支援活動の届かなさの問題が見え隠れするが,まさに今回のセミナーは,教育現場に携帯電話の教育活用のイメージを伝えるための貴重な機会というわけである。
 3年間の研究プロジェクトが推進してきた様々な携帯電話の活用事例の紹介と,事例研究から得られた知見を発表するという内容。全国からたくさんの教育関係者(教委や教育センター含)の皆さんや携帯キャリア企業の皆さんも参加し,熱心に耳を傾けていた。
 今回の発表は小学校段階の実践が中心であったため,中学・高校レベルの事例が乏しく,最後には中高段階への要望も多かった。また「教育活用」という一歩踏み込んだ事例を提案することを目指していたが,実際には携帯電話の学校への持ち込みに対してどう対応すればよいのかという初期段階の問題から,情報や携帯モラル教育等を体系的に実践するためのカリキュラムをどうすればいいのかという根本要望まで,多様であったように思う。
 なにしろ3年のプロジェクトの間にも,機能の追加による端末進化やサービス変化があり,試行錯誤の苦労が必要なくなったり,まったく新たな使い方が提案できたり,追いつかない部分も出ている。具体的な実践のための条件を全く同じに整えることが難しいわけだ。(あの機種ではできて,これでは出来ないとか…)
 セミナー中にも「キッズケータイでなく,教育ケータイが欲しいですね」という言葉が聞かれたが,これは冗談ではなく,教育活用に必要な最低限の入出力や機能や操作性みたいのところを規格化して各社にフォローしてくれないと,学校現場に携帯電話を備品として入れるための道筋が出来ない。
 (要するにパソコンと同じで,「マック」と指定するとアップル社の指名買いになるが,「ウインドウズ」と指定すれば,とりあえずいろんなパソコン会社のものを合い見積りできる。これに倣って「教育ケータイ」と指定すれば全てのキャリアからの見積りがとれるようになれば,導入しやすい。)
 「学校の備品としての携帯電話を教育活用する」というお話がある一方で,すでに生徒や保護者が持っている携帯電話とのやりとりといった活用事例もある。学校に持ち込まれる携帯電話もこの部類のお話。
 今回のセミナーでも多くの同意を得ていたとは思うが,携帯電話の教育活用が定着するためには,日常的な利用に与するような使われ方がなされなければならない。そこで学校と地域・家庭を繋げる手段としての携帯電話の活用事例も紹介された。それはあくまでも連絡の補助ツールであることを自覚して使うという条件。
 こうやって先生自身や子どもたちや保護者など,個人所有の携帯電話を利用することによって問題となるのは,そのためのコスト負担をどう考えるのかということである。
 結局はお金の動きが全てを決めるということになろのだろうか。研究プロジェクトを支援する企業の皆さんにとっても,最終的にはビジネスとして成功しなければ,自分たちの体力が消耗するだけで意味がなくなってしまう。
 そんなわけで,いくつかのアイデアが浮かんでくる。たぶんこれを早くに手をつけたところが市場を制することになるかも知れない。
・「eduケータイ」に関する仕様を策定し,キャリアと協働して展開する。
・フリーダイヤルならぬ「フリーアクセス」サービスによって教育利用にかかる通信料金をゼロ化する。
・「教育通信費補助金」(仮)が通信料金などへと適用可能な課金システムの開発。
などなど
 おっと商売人になってしまった。けれども,こうした基盤整備やアイデアを実現しなければ,本格的な携帯電話の教育活用は遠いと思えるのである。

秋のお仕事始め

 帰国後は,秋のお仕事イベント類が賑やか。まずは メディア教育開発センターで会議。徐々にスーツを着ていても過ごせる季節になったことを実感。まだ歩き回ったりすると汗をかくけれど…。
 調査分析の仕事があるのでSPSSを預かってきた。これからグリグリといじることになりそう。受け取ったのがv14.0だぁと思ったら,SPSSのWebサイトによると来月v15.0がリリースされるんだとか。いくつかの分析機能の追加とPDF出力が出来るようになったらしい。購入割引キャンペーン実施中。
 昼食はカレーうどん。米国滞在中は,なかなかこういう温かい器ものの食事がなかったので,心の中で幸せを感じる。やっぱり日本っていいなぁ。
 夕方帰宅後,夕食のため出かけ,書店とコンビニに寄る。時差ぼけのため眠気が襲い,ダウン。しばらく健康的な朝型生活者になれそうだ。今週末も研究関係の予定。

帰国 ((米国滞在記10))

 急いで荷物をパッキング。ホテルのチェックアウトをする。当初の予定とは異なる嬉しい配慮があって感謝。バスの予約について思い及ばなかったので,タクシーで空港に向かう。
 成田行きの飛行機に乗って7時間30分の旅。これも映画見たり,考え事していたらあっという間に過ぎてしまった。こういうのには慣れっこである。エコノミーも通路側なら快適なものだ。
 さっさっさっと帰りたいので,荷物受け取り,税関,JRをさぁーっと通って,今ようやく東京の部屋にたどり着いた。何だかんだとあっという間に日本である。
 今回の旅のまとめは少しずつするとして,とにかく2週間ぶりの東京。またここから再スタートだ。

教育再生会議2.0

 ハワイでてんやわんや過しているうちに,日本では「教育再生会議」が総理官邸で初会合を持ったという。17人の委員の顔ぶれについて,各メディアはいろいろ報じている。珍しいほどの報道量だ。
 安倍内閣の組閣時もそうだったが,今回の人選についても,各メディアのいうところでは,方向性がはっきりしないとか,各方面に気を遣った結果だとか,バランスはいいが意見集約は難しそうだとか,評価はいろいろ。つまり「こんなんで美しい国なんて実現できるのか?」という素朴な疑問を提示している。
 ただ,思うにこれこそが日本元来の「根回し文化」や「気遣い文化」というものの結果である。こうした各方面のことを気にする少々弱腰ともとれる周囲への配慮が現代の人々に欠けているのだ,という首相の強いメッセージかも知れない。
 もっともそんな皮肉を言えば済む時代でなくなったのが悲しいところ。これだけの報道量に象徴されるように,人々は教育の分野にもある種のサプライズを期待し,カタルシスを得ようとしている。そもそもそんな状況の中で教育の再生を議論していくためには,教育再生会議からの情報発信に,ある種の戦略がなければならないことを意味している。
 教育再生会議が成功するために,会議がもたらさなければならないものは何だろうか。
・大衆のカタルシスの実現
 →これは避けて通れない。教育再生という本筋とはかけ離れたこととはいえ,何かしらのインパクトは必要になっているのがこのご時世である。まして教育を死んだと表現するなら,永続的にマッサージするか,瞬間的にショックを加えるか,これらを組み合わせるしか方法がない。
・論点の切り捨てと焦点化
 →早いうちに話題に上っている様々な主題に優先順位をつけて整理して,多くをばっさり切り捨てるべきである。その場合には,GTDという仕事術が参考になる(→はじめてのGTD)。教育に関して国がやらなければならない事柄を全て書き出して,出来ることの中からやるべきことを実行するということだ。書き出す際には,あれもこれもという事態になるが,実はすでに教育行政が手をつけて動かしているものの中にも大事なものがあることが分かったり,それを徹底化することで教育の再生に繋がるものも見つけられるかも知れない。
 つまり単に真新しいものでビックリさせるのではなくて,これまでの地道な努力をグッと拾い上げて主役にしてしまうような,そんな焦点化もあり得る。そうすることで,「また勝手なことを17人が語って,結論も新しいことブチ上げた割りには,妥協の産物で終わる」というおおよその人々が抱く予想を良い意味で裏切ることができるかも知れない。
 いずれにしろアウトプットはシンプルでなければならない。17個も提案したいつぞやの会議は多すぎた。ん?17は不吉な数字だ。3つでも多いくらいである。数打ちゃ実現するやり方は逆効果だ。
・条件整備の基本に戻る
 →前項とも関係するが,国が出来ることは条件整備である,という基本に戻った方がいい。高い学力とか規範意識とかを議論することには抑制的でありたい。所詮17人のそれをいくら組み合わせても国民が納得するものは無理。委員の中に小泉前首相ほどの劇場役者がいるなら,その人の考えで魅了させることも可能かも知れないが,さてどうか。ワタミの社長さんはメディア受けがいいけど,教育議論との相性がいいかどうかは今のところ分からない。
 とにかく,条件整備。ただし,教育基本法改正はまた別格のこと。教員免許更新制の実現は,教育再生会議前からの既定事項であるから,いまさらそれを会議の議題にされても何も有り難くない。教員養成機関や教師教育・研修に関連する事柄にバーンと予算措置を約束してくれた方がいい。更新制でダメ教師を切り落とすなら,どんどん良い教師も養成していくという循環システムを確立するくらいの覚悟でやってくれなきゃ,これもまた何も変えられない。(個人的には義務教育費全額国庫負担なんかのサプライズも悪くないかなと思う。でも年金もらう団塊の世代には嬉しくないか…。)
 ここでたくさん書いても墓穴を掘るだけだし,書いているとハワイの夜も明けて,私は帰国のためチェックアウトしなければならないので,ここまで。もちろん私は勝算があって書いているわけではないのはいつもの通り。けれども,たぶん,うまくいくためには,マスコミ・メディアの人達をうまく操って,何か良い循環が始まることを印象づけていかなくてはならない。
 この駄文で書きたかったことは,困ったこととはいえ,人々が空気によって左右されているということ。教育再生会議はその空気を相手にしており,うまく流れを作っていくことが使命なのである。だとすれば,個々の委員が勝手なことを言っているという現在地点は決して悪くない。むしろ,会議の空気が良い空気に変わる過程そのものに,人々を巻き込んでいくという戦略が必要なのである。だからこそマスコミ・メディア,もしくはインターネットはそこをつなぐ大事な存在であり,パートナーとしてうまく協調していかなくてはならない。もしもそれを「2.0」と呼びたければ,「教育再生会議2.0」目指してみればいいと思うのである。まあ,自分で呼んじゃいけないんだけどね。

国際学会と研究者同士の語らい ((米国滞在記08))

 eラーニングにまつわる国際学会E-Learnがハワイのシェラトン・ワイキキ・ホテルで開催された。途中,現地15日にハワイ地震と大停電に見舞われ,電気機器類が使えない状態で学会進行するという前代未聞の事態も起こった。14時間程の停電の末になんとか復旧。翌日からの学会は,何事もなかったかのように人が集まり,進行していった。地震・停電の日は,朝から雨。翌朝も曇り空だったが,次第にハワイ晴れが戻り,夕方のセッションになると参加者が激減したのは,まあ,前日のこともあるから仕方ないのかも知れない。
 大災難に見舞われた日まで,学会会場で知人に会えなかったが,翌16日は中原さんに発見されて声を掛けてもらった。前日の地震・停電の顛末を話し合った。そろそろ昼食に行こうということになって,二人でザ・チーズケーキ・ファクトリーというレストランに出かけた。こんな小洒落た雰囲気のよい店で男二人が向かい合って食べたというのも,なんか絵的に摩訶不思議。けれども,中原さんとこうしてゆっくり話すことは初めてなので,これから長いお付き合いになるだろう最初の長話の場所としては悪くないと思うのである。
 教育学から教育工学へという異領域への越境をした人は何人かいると思うが,中原さんもその一人だし,私にとり越境者の先達になる。私が地方短大の教員としてのほほんと過している間に,彼はたくさんのチャレンジをして,たくさんの成果を上げてきている優秀な人である。運に恵まれていた部分もあると本人は語るけれども,運も実力のうち。そして極めて現実主義の人である。それは,そうでないとやってられないほど多忙な人だからだとは思うが,私たちから見れば,それは,勝算のもとに的確な課題設定ができる人として,彼の魅力でもある。だから,僕のような勝算もないのに「あれどうかな,これどうかな」という発想乱発屋にとって,中原さんと長話するのは,結構緊張するのである,実は…。
 中原さんは来年度から私がご厄介になる大学院の先生ということもあって,大学院に入ってからのことなどいろいろお話しいただいた。で,とにかく「始まったら忙しいですよ」と脅されるから気が気でない。かなり英語力が必要になるととか,ワークショップでは喧嘩も起こるとか,忙しくて自分の研究は出来ないかもとか,気持ちが暗くなる予告がいっぱい。まあ,苦労は承知で飛び込んだのだから,覚悟を決めてやるしかない。
 そういう話もしながら,中原さんの昔話も聞いたり,自分の昔話も少し話したり,楽しい時間だった。翌17日も会場で研究の話になって「テーマが教師支援は難しいなぁ…」と呟かれたりして苦笑いするしかなかったのだが,教師に提供するツールの在り方なんかの話はとても興味深かった。
 中原さんとの昼食を終え会場に戻ったところで堀田先生発見。隣のホテルなのになかなか会えなかったが,ようやく会うことが出来た。夕食をご一緒する約束をしてから,しばらくあちこちの発表を聴いた。まだ慣れないのか個々の発表を聴いて,その場ではフンフンとうなずけるものもあるのだが,頭に残らない。まだこの分野の文脈に頭が染まってないからだろうか。もっと経験を重ねなければならない。
 けれども,私も夕方には人気が少なくなったのを見て,すっかり終了モードに切り替わってしまった。ハワイの青空が私を呼んでいる,と思ったので16:30過ぎに退却。
 そこで,岩崎さんと会うことが出来た。少しお茶でもしながらお話をした。翌日発表をされるので,内心緊張されているらしいが,傍目には落ち着いているように見える。海外経験もあって,英語も出来る人だから,そういう意味では全然心配いらないのだろう。社会人を経て,大学院生となり研究を続けているという点では,岩崎さんも私の先達である。しかも小さなお子さんの育児から家庭のこともしっかりこなすところが凄い。私は頑張っている近い世代の人達が好きなので,そんなところからも応援をしたい人の一人である。
 彼女が学ぶ関西大学は,教育工学分野の総本山みたいなイメージが私にはある。とにかく西にいろんな人材が集まっているように見える。今度の日本教育工学会は関西大学で行なわれるので,そういう意味でもなかなか面白くなりそうな気がしている。ちょうど関西大学の院生の皆さんは,その準備でてんてこ舞いといったところだろう。岩崎さんからは,そんな皆さんの近況や,大学院の雰囲気などの話を聞くことができた。
 そろそろ堀田先生との約束の時間。二人だけで鉄板焼屋へと出かけることとなった。堀田先生とこうしてゆっくり食事をご一緒するのも初めてのことだと思う。堀田先生は小学校の先生をされていたが,その時代から研究熱心な方。雑誌や文献で様々な実践事例を披露されていたコンピュータ教育分野の先駆者である。言葉の響きはともかく,私にとっての有名人の一人である。現在では,メディア教育開発センターや文部科学省でお仕事をされる立場にある多忙な方でもある。
 堀田先生とは,関大の黒上先生の共同研究でお会いしたのが始まりだ。その黒上先生は,こちらも様々な共同研究でご一緒させていただいている中川先生との出会いも運んできてくれた,私にとって大恩人。そして,堀田先生にとってもそれは同じだったようだ(黒上先生や中川先生のお話は,また別の機会に…)。そんな話から,堀田先生が現職から現在に至るまでに直面した様々な苦労話を聴かせていただいた。それは,退職をしてこれから再度勉学しようとする私へのエールでもあったと思う。先生の気持ちが伝わってきて嬉しかった。
 鉄板焼を後にして,ホテルのバーへ。マイタイを味わう。堀田先生は翌日一足先に帰国される。日本に帰れば,先生方とご一緒している様々な共同研究の仕事が目白押し。「無理させてないかな」と聞かれるが,今はいろんな方からのお誘いを出来る限りお受けして,いろいろ学びたい。元来怠け者であるから,そうしないとやらないのである。もしご期待に添えていないなら,お声が掛からなくなるだけ。そうならないように,前に進むしかない。
 ハワイで起こったこの数日の出来事を振り返り,またご一緒している仕事で実りのある成果が出せることを祈りながら,優雅な調べと美しいハワイの夜景に酔いしれたひとときだった。 
 この日,研究に携わる人達3人と語らう機会を持った。日本国内で会うことも出来る人達だが,それだと語らうまで行かないことが多い。むしろ国際学会などを契機に出会う方が,こうしてじっくり語り合うことが出来たりする。それは異国の地に赴き,確保された時間の中のことだから当然なのかも知れないが,それがとても大事だし,有り難いこと。国際学会で見聞きしたことをもとに議論することもたくさんある。それによって日本と世界との関係のもとで,日本の研究者同士が意識を闘わせたり共有したりすることが出来るという側面もあるのだ。
 とにかく,災難の後に訪れた意外な幸運に感謝したい。お三方にも感謝。

長い一日 =りん版= ((米国滞在記07))

20061015_rain ちょっと寝て,目覚めたので顛末記を書いてみよう。その日は朝から雨だった。ハワイに来たのに雨とはどういうことだと,悲しい気持ちだった。たぶん国際会議に出席するためにハワイに来るという,かなり間違った行為に関して人々の気持ちが悲しいからそういう天気なのかなと,勝手に想像して始まった一日だった。
 eラーニングという分野を中心とした国際学会E-Learn。メジャー国際学会への参加は初めてなので,どんな雰囲気なのか,どんな研究がなされていて,どういう風に発表されるのかを見ておきたかった。今回の旅のそもそもの発端は,それだったのだ。そこにサンフランシスコの妹夫婦や姪っ子甥っ子に会う計画が足された。
 さて,初秋のサンフランシスコから常夏のハワイへ。確かに降り立ったハワイは夏模様。けれども,天気はすぐれず,到着したその日は夜に小雨も降った。学会会場であるシェラトン・ワイキキ,その隣にあるロイヤル・ハワイアンに宿泊することになっているので,そこにチェックイン。同じシェラトンなのだが,こちらはちょっと別館っぽい作りになっている。
 部屋について,荷物を開き,インターネット接続を確保して,メールをあちこちに打ち,着替えて,会場下見に出かけた。堀田先生はその日発表で,私が到着した18:00すぎ頃は発表関係者の皆さんと夕食にでも出かけて,そのまま飲んでいるに違いなかった。だから,とりあえずフロントでメッセージを残したいとお願いして,留守電に吹き込んだ。
 それが長い一日の前日だった。
 いよいよ学会への参加だと意気込んだ翌朝。6時半頃にアラームが鳴ったので,メールチェックなどしながら支度をはじめる。そろそろシャワーでも浴びようかと,洋服の準備をしていたそのとき,部屋が揺れた。
 ご存知のように,地震は二度来ることが多い。最初が「表面波」という軽い揺れ,そして「実体波」という本格的な揺れである。最初の揺れは軽く収まった。「オッオ〜」と外人みたいな驚き方しながら,経験的に次がくるかどうかを身構えた。部屋の時計は7:14だった。後に知った報道よると7:07が公式見解らしい。しばらくして実体波がやってきた。かなり大きい。大丈夫かな。机の上のものなどを気にしながら部屋全体を眺め,どこに隠れようかと思案した。そうこうしているうちに揺れは収まった。
 状況に変化無し。机のものは落ちなかったし,水も電気もそのまま。早くシャワーに入って支度して,会場へ行こうと思った。バスルームで歯磨きして,シャワーにはいる。雨に地震とは…,まったくどういうことなのかと思いながら,湯を浴びていると,明かりが消えた。「おっ?」と思っていると,明るくなった。「こりゃまずいな大丈夫か。早く頭洗って,シャワー出よう」。そして頭そして身体を洗っていて,とうとうバスルームの長い暗闇が始まった。
 真っ暗の中でシャワーを浴びる。身体に石けん残りがないよう入念に浴びる。まだ湯は出ていた。けれどもタンクの水がなくなったら断水するのではないか。とにかく急いで洗い流してバスルームから脱出した。
 部屋は薄暗かった。窓からの光は雨天のため少なく,時計表示も消えていて,明るいのはノートパソコンの画面だけだった。すぐにスリープさせた。身体を拭きながら外を見る。朝だから明かりの状況は分からない。中庭と工事中の建物と遠くのビルが見えるだけの景色。シェラトンと反対側の建物のかなり端っこに部屋を用意されたので,情報を得るには不向きな場所なのだ。
 こんなこともあろうかと,ミニ・マグライトを持参してある。単四電池型なのでそんなに明るくないが,真っ暗なバスルームを照らすには十分。ロイヤル・ハワイアン・ホテルでは館内放送もなく,電気がない以外は穏やかな時間が流れていた。実際にはロビーにたくさんの人がいたし,隣のシェラトンのロビーにも雨ということもあって,たくさんの人達が足止めを喰らいごった返していた。逆説的だが,さすがリゾートホテル。優雅な空気は確保されている。
 そんな調子だったので,停電時に人々が叫んでいたのは聞こえなかったし,館内放送もなかったから緊迫感も伝わってこなかった。ロイヤルハワイアンは古い建物だから,ここだけが停電しているのかも知れない。まあ大丈夫だろうという雰囲気だった。ただ,それは逆に怖いこと。火災現場にそれと知らず取り残されているシチュエーションかも知れない。とにかく身支度をして,シェラトンに向かった。
20061015_lobby シェラトンに近づいて驚いた。本館も停電していたのだ。そしてロビーにはたくさんの人が行き場もなくて集まっていた。え〜,と思いながら会場へ。ところがやはり学会も停電で8時からのレジストレーション受付もストップ状態。係の人によれば,ハワイ全域にわたる大停電だそうで,復旧の目処は分からないという。
 といってもこの雨である。どこへ行けるわけでもなく,会場ロビーで待つしかない。受付も出来ないから会場の情報ももらえず動き回れない。しばらくは受け付けカウンターで待ち,それからエスカレーターと窓側近くにある角の空間を陣取って本を読んでいた。
 9:20頃,学会参加者への軽食サービス始まる。ベーグルとジュース。有り難いことにミネラルウォーターのボトルも支給された。途中,主催者からのアナウンスがどこかの会場であったらしいが,駆けつけたときには話し終わっていて,どうなるのか分からず仕舞い。10:00頃,さらに人々が集まってくるが,雰囲気は変わらず。とりあえずキーノート(基調講演)会場へ行くが,少人数で始まる気配はない。
20061015_reg 気がつくとレジストレーション受付が始まっていた。おいおい,ちゃんとアナウンスしてくれよ。ようやく名前を告げて参加証とバッグ,資料をもらった。こんな感じ。ここで初めて,最終版プログラムということで,会場図と会場毎の発表題目を手にしたわけだ。それまではネット上の発表題目データベースで検索するしか見る手段がなかった。しかし「どんな発表があるだろうと眺める」ためには,検索は使いにくいのはご存知の通り。しかも会場図が当日まで手に入らないのは,初めての人間にはかなりフラストレーションがある。たぶんこれは,日本人が地図好きである話と,何かしら通底するものがあると思うが,それは別の駄文で論じよう。
 やっと学会の全体像が見えてきて,会場内を歩くと,すでにいくつかの会場(部屋)では発表らしきことが進行中であることに気がつく。E-Learnという,パソコンと液晶プロジェクタによるスライド投影をしながら発表するというスタイルが基本となっている学会で,停電というのは大変な事態。頼みの綱はノートパソコンのバッテリー。ここで笑うのは周到に紙ベースも準備した発表者かも知れないが,結局ほとんどみんな苦笑いしながら発表していた。
20061015_presen ノートパソコンの画面を見るため,ほとんどの会場で車座状態。17インチのMacBookでも文字となると遠くから判読は難しい。まして小型でプレゼン資料も細かい文字ばかりだと,発表者も大変である。ちなみに写真は午後発表されていた鈴木先生の様子。(鈴木先生とは先生が酔ったときにしかお会いしたことがないので,恥ずかしくてご挨拶せず仕舞いになった…。先生,何度もすれ違ってたのに無視して,ごめんなさい)
 午前中に話を戻すと,人も少なく,各会場のセッションも車座状態。しかもスライドの力を発揮できないから,しゃべりが中心の発表になっていた。初心者には,今日という日の特殊事情もさることながら,接近戦で英語議論しているのはハードル高かった。自分の英語経験の乏しさを再確認した。英語学校を本気で考えよう。
 で,どうも人々も学会モードではなくなっていたので(と勝手に解釈して),12時前に会場を出て,部屋に戻り,ラフな格好に着替えることにした。こうなったら街探検である。それから,関大の岩崎さんがハワイに来ているはずなので,様子を見にホテルを訪ねることにした。とはいえ,また会場に戻れるようにプログラムと参加証は携帯した。
20051015_abc 街へ出かけるといっても,そう離れるわけではない。周辺をぐるりするだけである。途中,ABCストアで行列発見。食料などを確保する人達が,順に並んで入店しているみたいだった。街中のお店は開店前の状態のまま。ほとんどのお店はお休みになったわけだ。いくつか食べ物屋さんも開いているが,そういうところには行列が出来ていた。とにかく街は電気を失い,信号もストップして,ほとんど機能していなかった。
 岩崎さんが宿泊していると教えられたホテルへ。昨夜のうちに着いていると思ったし,小さいお子さんも一緒に家族旅行みたいなので,きっとホテルで待機しているだろうと思った。とにかく「知った顔に会いたい」という思いで,お邪魔することにした。
 13:00頃,ホテルを訪ねてフロントに電話をお願いする。何度かの呼び出し音の後,声が聞こえてきた。「はろー…(日本語切り替え中)えっと,うんと,りんです」。なんだかよく分からない間で名乗った。先方は突然の電話にビックリした様子。「ロビーに行きます」と彼女は言って電話を切ったが,そのあとフロントに電話がかかってきて,僕が部屋へ行くことになった。何故かって,部屋は14階にあって,エレベータは止まっているのである。そりゃ,こちらが出向くしかない。
 14階くらいどうってことないかと思ったが,8階くらいまでは軽快に駆け上がった後,そこから一階一階がしんどくなった。14階にたどり着いたときには息切れ。運動不足も再確認した。英語と運動。世界で生き残るにはこの二つが大切かも知れない。(そういえば,古巣の職場の人が転職した新設大学がその二つを目玉にした「環太平洋大学」。意外とそのコンセプトは正しいのかも知れない。ああ,それもまた別の駄文で…。)
 お邪魔してお話を聞いたら,実は午前中にホテルに着いたばかりだという。ちょうど地震が起こった前後に到着予定の飛行機でハワイ入り。無事空港に着陸したものの,ドアが開かず,機内で3時間ほど待たされたという。あらら,てっきり昨夜のうちに着いていると思ったのだが,今朝の機内で地震の影響を受けていたとは。
 ホテルに着いたのは11時頃。エレベータが動かないので,大きな荷物はいまだ1階のロビーにあるという。そんなわけで荷物も紐解けない状態のところにお邪魔してしまった。またまたごめんなさい。
 そんな状況でも,お子さんは元気そう。一歳と数ヶ月だったかな。こういうときに子どもの機嫌が悪いとさらに大変なことになるが,幸いそういうことはないみたい。初めての海外旅行が分かるのか,結構楽しそうである。一方,旦那様はお疲れのようで,寝室で寝ていらした。まだお目にかかったことがないので,そのまま去るのも申し訳ない気分がしたが,お休みを邪魔するのも悪いので,早速と退散をした。お父さん,頑張れ!
20061015_dark さてと,それからまた学会会場へ。時刻は14:00前頃。他に行く当てもないので,ジュースとケーキを食べて,発表会場を巡ることにした。いろいろ話を聞いて,中途半端な英語力で理解したところでは,やはりそれぞれ開発などに携わった経験をもとに,その背景を語るというやり方が多かった。背景の理解を先にアプローチしていた人間からすると,少々物足りなさがあるが,教育工学の世界というのはこういうものなのだと,割り切って理解するしかなさそうだ。内容については,これもまた別の駄文で。
20061015_keynote  17:00には本日の発表が終わるが,今日は朝の基調講演が変更されて17:00から始まる。最後なので頑張って聴くことにした。約一時間の講演は,パーソナライズとインテグレーションが大事というお話で,googleやiPodの話などを例に挙げていた。まあとにかく,80人程度?の人達が最後の最後まで頑張って参加していた。もともと薄暗いところで話を聞くのは慣れているとはいえ,スライド無しでよく頑張りました。時刻は18:00過ぎ。
20061015_city 一旦ホテルに戻って荷物を置き,再度シェラトンへ行って,堀田先生のところに電話を入れてみるが不在。少しばかり景色を眺めて,それからロビーの新聞を眺めて,誰か見つけてくれないかなと期待するが誰にも声掛けられずに時間が過ぎる。街に出ても真っ暗。仕方ないので,部屋に戻って,なんとかインターネットの接続を試みる。
 電話回線は生きている。ならば内蔵モデムでアクセスポイントに電話すればインターネットが出来るはず。というわけで,モジュラコードを取り出して準備する。問題はアクセスポイントの電話番号か。今回はハワイの番号を下調べしていなかった。まず国際電話で国内アクセスポイントを試みるが,ダメ。そもそも対応していない。
 昨年のフロリダ視察の際に調べた情報はあるが,ハワイからフロリダはちょっと遠い。番号調べるにはそもそもインターネットに接続していなければならず,なんとも困ったジレンマに陥る。どこかに解決策はないかなとパソコンの中の古い情報を探し続けたら,「接続例」というところにホノルルの番号が書いてある。変わっていないことを祈りながらまずは手動で電話。やったー,ピ〜ヒョロロロって音が聞こえる。
 モデムから電話して無事インターネット接続を確保。ノートパソコンはバッテリーで動かしているので,あまりのんびりしてられない。とりあえずブログで報告と,いくつかのメールに返信して,ニュースサイトを閲覧。なんか大変みたい。
 それからしばらく,ラジオを聴きながら暗闇で過す。とにかく今日は疲れた。そしてぼーっとしていると開けた窓から歓声の声が聞こえる。ワイキキ通りのビルに明かりがつき始めていた。20:50頃。順次復旧している模様。まだこちらは真っ暗。まあ,そのうち復旧するでしょうとベッドの上で引き続きボーッとして眠った。目が覚めると明かりが点いている。21:35頃。時計を見ると00:12となっているので,21:20頃に復旧したことが分かる。
 というわけで,朝の7時半頃から夜の9時20分頃までの14時間弱の大停電が終わった。隣のシェラトンホテルは少ししてから復旧した模様。あちこち歓声が聞こえた。少しばかりメールチェックなどしたが,とにかく疲れたので寝る。
 いやはや,大変長い長い駄文になったが,これが私の長い一日でした。基本的にのんきな感じで一日が過ぎたのだが,考えてみると大変まれな事態に遭遇したわけで,無事であることに感謝しなければならない。気がついたら,夜も明けた。すっかりお腹が減っている。今日は思い切り食事で贅沢したい。
 追記:中原さんもハワイ地震に遭遇していたみたい。中原さんも堀田先生も,かなり危機感を持って対応されていたようだ。私の危機感の無さは何だろう…。まあ,動じない性格ということで…。

電力復旧

 ハワイ時間9時20分にようやく電力が戻った。ワイキキ通りでは8時50分頃に電力が復旧し,周囲からは歓声が聞こえた。海外の人達は,こういうとき遠慮なく吼えたり,口笛を鳴らすものだな。
 というわけで,14時間弱もの長い大停電もようやくピリオド。明日は街も通常に戻るだろう。いやはや,貴重な体験をした。とにかく,今日は大変な一日だった。

ハワイで大災難中 ((米国滞在記06))

 ノートパソコンの残りバッテリーと電話回線の確保でこれを入力中。あまり時間はないので手短に。
 ハワイの現地時間で7時14分頃に地震が発生。それからしばらくしてハワイ全島が停電状態になった。どこもかしこも電気がない。ホテルなどはバックアップ電源でかろうじて要所要所で電気を確保しているが,当然エレベーターは動かないし,最小限の明かり以外は動かせない。
 という状況がいまも続いている。現在時刻は夜の8時45分あたり。街中真っ暗である。E-Learnというコンピューターがあってナンボのカンファレンスも,各自のノートパソコンでプレゼンするという形になって,かなりアットホームである。とにかく特殊事態のとなっていた。いくらかのリスケジュール以外,それぞれのセッションは予定通り進行。まあ明日復旧すれば,笑い話になるはずである。明日もこうだったら大変だな。
 人々は食糧確保のためにABCストアに並んだりしている。お店はどこも開店前の状態で停電になったので,ABCストアも勝手口みたいなところから数人ずつ入れて買い物させるようにしているみたいだ。しかも今日は朝から雨が降っていたので,人々は行く当てもなくてホテルのロビーなどに群がっている状態も続いていた。
 ホテルは一部自家発電で宿泊客などをさばいているが,エレベータも止めているから,高い階の宿泊客は大変だ。レストランも一部営業したら,長い行列である。
 まあそれ以外は,大した混乱もなく過している。ご心配いただいている皆様,ご安心を。でも連絡を取るのが厄介で,相変わらず一人きりで行動している。みんなどこへ行ったんだろう…。
 また電気復旧したらご報告します。あれれ,また街でサイレンが鳴っている…。街の方は大変なのかも知れない。
 ※正確な情報はニュースサイトなどで確認を。

初秋から常夏へ ((米国滞在記05))

 サンフランシスコでの滞在も満喫し,次なる滞在地ハワイへ。家族と姪っ子甥っ子ともお別れをして,4時間のフライトの末にホノルル国際空港に降り立った。ホリデーシーズンも過ぎて閑散としてるのかなと思えた。
 シャトルバスで宿泊ホテルまで。結局到着したのは現地時間の18:00。インターネット接続を確保してメールチェックなどしているうちに時間が経過した。今回出席する国際会議E-Learnの会場はシェラトンホテル。そのお隣に宿泊している。
 とりあえず会場がどうなっているかを下見しに行く。本日のレジストレーションは終了していた。会場ではウェルカムパーティーが行なわれているようだ。ドアから中を覗くが,知った顔は見えない。仕方ないので,一人で夕食をしに外へ出る。
 通りは高級ブランドのお店やご存知ABCショップが並ぶ。そして閑散としているなんてウソ。たくさんの観光客に,あっちもこっちも日本人だらけ。はぁ〜,新婚旅行らしきペアも多いが,あの独特な幼さを醸し出す日本の女子学生風グループもウヨウヨしている。職場を思い出すから,あんまり気持ちいいものじゃない。
 一人だと何を食べるかとても困る。月並みだが,ピザハットがあったので,そこで食べた。相変わらずボリュームたっぷりである。それから水や食料を少し買い,ホテルに戻る。天気が曇りのち雨のため,少し雨に降られた。
 明朝から基調講演と研究発表を聴くことになる。研究の動向を知ることも目的だが,どちらかというと国際学会での作法に慣れることの方が目的。発表者がどんな段取りで会場入りしたり,司会者と話したり,部屋のどこら辺の席を陣取ったり,スライドの準備や,スピーチの始め方や進め方,質問の受け方や答え方,その後の質問者への対応など。そういう身体的な作法などをじっくり確認したい。そういう経験が乏しいから…。
 あと,発表内容としては,どんなことに力点を置くものなのか,を把握できたらと思う。今回もたくさんの発表が並んでいるが,それぞれの題目は読めば分かるとして,発表者はどういう着目をして内容を発表するのか。質問する側についても,何に関心を持ちながら話を聞いているのか,そういうことは文字になったものから読み取るのは難しい。「ぶっちゃけ,何が大事なんですか」という議論が展開する場所で理解を深めた方が早い。
 そんなわけで,リゾート気分はあんまりないままに,このハワイを過してみる数日である。