月別アーカイブ: 2006年5月

努力の積分

 生まれて初めて退職金というものをもらう。今日の現実はどうあれ,僕らの世代として「退職金」というのは,一生に一度,自分が定年退職などしたときにもらうものだとイメージしていたのだが,まさか自分がこの歳にして1回目をもらうとは思わなかった。(2回目あるのか知らないけど…)
 いまでも初任給の嬉しさは覚えているし,毎月もらうお給料とこのご時世にあるだけ有り難い賞与をもらう度,私自身がそれに見合う仕事をしているのか自問自答していたことを思い出す。努力の数値化ほど人の心を振り回すものはない。それが「円」に単位変換されれば,豊かさをもたらす場合もあれば,争いを連れてくる原因にもなる。そこで平常心を保つには,かなりエネルギーが必要になる。
 下世話な話をすれば,退職金の金額が大したものじゃないことは,もう何年も前から予想はしていた。だから私は自分の努力が微分されて雲散霧消する前に,別の形として職場に残るように努力を積み重ねることにした。それがこの5年くらいの私の行動だった。職場の情報環境を整え,学生や教職員をサポートする設備と人材を提供すること。風当たりも強くて,評価されるどころか小言を言われることも多かった。
 けれども,たぶん退職金なんて軽く凌ぐ価値のある部署と業務を提供できたと思っている。私を助けるために集ってくれた人たちは,学生想いで,しっかりとした自分のポリシーを持って仕事をしてくれる人たちばかりだった。もっとお給料をあげたかったのだが,私は自分のもてるノウハウを惜しみなく伝えることで,それに代えることにした。仕事を通してスキルアップすることで,その人の技能資産が増せば,次の職場の選択肢も広がる。働くということは,給与以外にもそういう報酬があるべきだと思う。それは自ずと本来の目的である学生や教職員への充実したサポートに繋がる。
 どこまでも自己満足の域を出てはいないが,私は自分の退職価値をそういうところに置いてみた。風の噂には,今年度も学生達の利用度が高く,サポート部署として定着しているようだ。嬉しいことではないか。
 自分の人生をどう描くのか,どんな風に価値を見出していくのか。その方程式はますます複雑化していくようにも見える。たくさんの項目を並べて,変数の重み付けをし,ロジックを組んで,算出した結果に,そもそもどんな信憑性があるのかということを考え直してみる必要がある。確かに過去の経験の集積は,何がしか確かな指標を提出してくれるのかも知れないが,それを超えて何か違った価値観とイノベーションを信じ,努力を積分していくことに自分を開いていくことも必要だと思う。
 それでも人はお金で動くもの。そういう考え方もある。私だって,しばらくこの退職金で生き延びないといけないもんね。でも,焦りは禁物。私の場合は,自己研鑽を抜きにしては成り立たない人生でもあるので,この機会にいろんな経験を通して勉強させてもらいたいと考えている。そのための資金としてなら,これでも,まあ,何とかなるかな…何とかするか。

企業訪問

 今日は多摩にある某コーポレーションの本社でお仕事。教育研究者(放浪だけど…)として議論の触媒役を仰せつかったので出かけた次第である。
 学校教育界隈を漂流するような人生を送ってきたので,こういう大企業に出入りする機会は珍しい。社会見学気分も半分で,社員の方と一緒に社員食堂で昼食をとるところから今日の仕事(?)はスタートした。郷に入っては郷を楽しめ。例え一食でも同じ釜の飯を喰え。
 昼時だから,食堂にはたくさんの人々がいて活気があった。支払いは電子マネー。ずらっと並んだ電子マネー端末に向かって,みんな「シャリ〜ン」「シャリ〜ン」やっているのは新鮮であった。それから展望室やプラネタリウム(!)や引っ越し中の図書室を覗かせてもらって,会議の場所へ。
 今回は会議室ではなく,広いビジネスオープンスペースの一角を陣取って行なわれることになった。このスペースには,大小たくさんのテーブルとコピーがとれるホワイトボードや小型液晶プロジェクタがあちこちに散らばって自由に陣取りが出来る。気軽にディスカッションや会議が行えるようになっている。お昼の就業時間が始まると,ほぼスペースは満席状態になり,大なり小なりの会議が同時並行して賑やかに行なわれている。企業現場の活気というものを直に体験した。
 どうしても大学の会議や学校の職員会議なんかと比べたくなってしまうのは悪い癖だが,知的労働をする現場として最も先端を行かねばならない教育機関において,このような学習・研究活動の環境が整えられていないことや,ゴールを決めないだらだらとした会議の在り方を思い返す度に,ため息みたいなものが漏れてしまうのだ。
 とはいえ,そう簡単な話じゃないことも事実だ。『論座』6月号の天野郁夫氏や広田照幸氏の論考を読むと,その混沌とした現状に複雑な思いも抱かせる。大学は知の探究の場所として,どこへ行こうとしているのか。広田氏が描くような若い世代の研究者生き残りゲームと戦略の様相は,富めるものが富み,貧しきものがますます貧しくなる競争が研究者の社会にもすでに浸透したことを告げている。知の自由さというものを信ずべきフィールドにおいて何かを恐れて自由に知を共有できない,ということに率先して抵抗すべきは研究者なのだと思うのだが,せっぱ詰まった現実は,そんなことも甘っちょろい理想論と切って捨てるのだろうか。
 かく言う私は,ビジネスを目的とするフィールドでの研究活動に関与し始めた。私企業の利益に与するそのことの方が実のところ深刻な問題じゃないのかと論難されることもあるだろう。ただ,その先にいるたくさんの親子に届く某かに対して,少しでも貢献が出来ることがあるとするならば,それもまた研究者としての「チャレンジ」でもある(って,上手くまとめたか?)。
 というわけで,通信教育教材を開発している現場の皆さんと闊達な議論を展開し,私自身もまた刺激を受けて帰ってきた次第である。私にとっては,こうして大勢の人たちと一緒に仕事をすることが新鮮。たまにはこういう刺激もいい。

連休が終わって

 今年のゴールデンウィークは,大型連休の名に恥じない長期の休みが獲得しやすいお休みとして,あちこちで話題にのぼった。そして,とうとうその連休最終日が終わる。皆さん,たっぷり休暇を楽しんだだろうか。
 私にとって,今年は人生の長いお休みに入ってから最初の連休だった。ということは,平日も祝祭日も関係なく過ごすことになるわけで,連休になっても何も変わらないだろうと思われるかも知れない。
 ところが,今年はフリー(?)になってから初の日英翻訳作業を連休期間中にすることになり,休日ではなくて24時間営業状態。まあ,在職中には英語文献を読むのも余裕がなかったわけで,まして英作文なんかほとんど手をつけていなかったから,かなり苦労した。これやってみるとわかるのだけれども,英作文をすると,どれだけ英文を読んでいるのかがわかる。自分がいかに「ぽわーん」と英文に接していたかが,身にしみてわかった。
 「英文リーディングが出来て初めて英文ライティングの入り口が見えてくる」と言われるが,これに「単に英文眺めてます程度ではダメ」ってことを補足をしないといけない。脳みそをデータベースにして,読んだ英文を片っ端から蓄積してないと,自分が書いている英文が妥当かどうかを判断しようがないわけだ。ああ,疎かにしてた…。
 気がつけば英文法の基礎レベルのことを「ポカーン」と忘れていたことに気づいたり。結構,そういう現実に独りで直面するのは辛いものだ。はははは…。まあ,とにかく締め切りまでに間に合わせるよう突貫工事。数日おいてから推敲する作業も出来ず,泣く泣く不出来な英文を差し出したのでありました。久しぶりに24時間ずっと机にかじりついたよ。身体大丈夫か?>自分
 ちょっと充電したら,引っ越し報告活動に取り組まないと…。皆さん,ごめんなさい。

ううむ

ゴールがどんどん遠のいていく気がするのは,気のせいか?
ちょっと気晴らしの書き込み。

知恵熱

 英訳にうなされている。昼夜逆転の作業が,睡眠不足と集中力欠如をもたらしていたりする。誰かが「頭使いすぎて出る熱」を「知恵熱」なんて冗談半分に使っていたが,なんか間違っててもそう表現したくなる体調である。今宵はいまから寝ることにしよう。
 それにしても,あらためて自分の英文の稚拙さを確認し,勉強不足を感じる。まあ,経験不足なんだから当然か。せっかくのチャンスだから,これも修行と考えて取り組んでいる。けど,締め切りが迫っている。早く寝て明日頑張ろう。

缶詰中

 怒濤の新生活出費劇も一段落し,今日は快晴の祝日。書店に資料を買いに出かけたものの,基本的には一日中部屋に籠もって論文の英訳作業に頭をひねっている。用語の概念把握が曖昧なままということが次から次へと判明して,訳語の選択や文章構成の仕方でつまずいている。訳がめちゃくちゃなであるのが自分でわかるのは,いや〜な気分だ。こんなに天気が良かったのに。果たして,この数日で完成するんだろうか。
 あれこれ買い物して,ものが一気に増えたのは仕方ないにしても,ものと一緒にゴミが増えた。特に買い物につきものの「包装」関係のゴミである。ビニール袋から手提げの紙袋,ダンボールなどが部屋に散乱している。ああ。せっかく引っ越してきたのに…。収拾がつかなくなる前に,適切に捨てないといけない。連休が終わったら取りかかろう。
 さて,また頭ひねる作業に戻るかな。

焼きそば

 自炊初めてのメニューは「焼きそば」。まあ,ちょっと食材不足だが,とりあえず自炊第一号である。(なにごとも記録をつけておかないとね。もともととはいえ,すっかりプライベートブログになっている。)
 テレビを見ていて,久しぶりに「ジャパネットたかた」の高田社長を見た。そうか,M先生は高田社長にそっくりだったんだ。もやもやしたものがやっとすっきりした。来年お会いしたらこのネタ使おう(おいおい,来年かよ)。