マンデリン

 その珈琲店に訪れるのは何年ぶりになるだろうか。小さな店内のカウンターに座り,新しくなったメニューを眺めてみる。お店の雰囲気は何も変わっていない。居心地の良さから,本やパソコンを持ち込んで居座っている人たちもいる。私も以前は,よくここで研究のための読書や思索をしたものだった。
 学会発表の準備もまだほとんど出来ていないのに,のんびりと時間を過ごしてみた。ここで出会った彼女は今頃どうしているだろうか。性懲りもなく記憶が立ちのぼってくる。そういえば,その頃通ったのも土曜日の夕刻だった。
 お店の女の子に,注文を告げると,僕はノートを広げて考え事をした。しばらくして,珈琲が出てくる。いつも彼女に注文していた「マンデリン」。前より少しほろ苦くなった,なんてことは言わない。ただ,幸せなデジャヴだけを期待しながら時を過ごした。