韓国・釜山にて

 韓国は釜山に来ている。滞在しているホテルのビジネスセンターにEthernetケーブルがひょろっと伸びているので使わせていただいている。公衆無線LANサービスもあるようだが,成田ワイヤレスのようにその場で決済できない。

 さて,腰を据えて書くべきことがたくさんある。今回参加した日韓合同・教育メディア国際会議の感想を始め,私自身も海外の方を相手に質疑応答に臨んだのは初めての経験であるから,それについても山ほど反省や考察を書かなければならない。韓国・釜山という街については十分堪能できていないものの,その印象についても書きたい。ただ,ビジネスセンターで短い時間に思索しながら書くのは,ちょっと難しいので手短に。


 国際会議としては,それほど大きな規模というわけではないと思うが,それでも韓国や日本以外の国からも参加者はあったし,基本的な大会フォーマットはきっと国際学会のオーソドックスなやり方に則っていたのだと思う。何しろ比較するものにまだ参加したことがないので,想像だけの判断だけど。とにかく,わりとリラックスした雰囲気で進行していたし,それほどビックリすることもなかった。
 なにより今回は,発表者として質疑応答の部分を担当するというお役目をいただいたので,そのために出席したというわけだ。そもそも私は教育研究の中でも「カリキュラム研究」という分野の片隅でちまちまやっていた人間なので,だいぶ足を突っ込んでいるとはいえ,情報教育やメディア関係の学会で発表するのは,まだ2回目(ちなみに1回目はいきなりシンポジウムのパネリストをやったアレだ)。
 願わくは大学院生時代からコツコツとそういう学会に出席して経験を積むような歩みをしたかったものだが,何の因果か,そういうものとは無縁なままでここまで来てしまった。まあ,今回ようやくチャンスと巡りあったのだから,いろいろ勉強しているところ。でも,院生や学部生を連れてきている大学一行を見て思うに,そういう集団に属すことも大事だったのだなと思う。孤軍奮闘していては得られないものを得ている人たちに少し羨ましさを感じながらも,彼らに負けない度胸で頑張るしかない。
 とにかく,私にとって大きな問題だったのは,日頃渡り合うことのない海外の方々を前にして質疑応答をするというシチュエーションの難しさだった。つまり,相手の文脈が全くわからない。当然といえば当然だが,しかし,相手の国情や該当分野に関する水準に関する情報があれば,自分たちの研究に対する見解や想定される質問が,ある程度事前に予想がつくはずである。また,該当分野の学会における「ありがちな質問」といったパターンを承知していれば,それもコミュニケーションの助けになったはずだ。それが全くない状態で,いきなりなれない英語で質疑応答をしなければならなかった。ここまで不透明だと逆に焦りも何もない。
 そんなわけで,大きな問題を抱えていたわけには,わりと落ち着いていた。案の定,質問してくれた方の質問の意味を勘違いするというポカをしたけれど,「なんだ,技術的な問題のことですか?」とかなんとか,わりと逆切れっぽい態度で答えていたりして,なんか私ヘンテコでしたね。というわけで,終わってからの反省が多くなって落ち着かない。しかも,質問の答えに「ない」という,本来ならば安易に使ってはいけない返答をしていたのも悔しい限り。ご一緒に発表させていただいた先生曰く「本当にないんだよ」っと後でフォローしてくれたが,私は「知らないところであるはず」と疑うタイプなので,「ない」ってのは言い過ぎだと思うのであった。
 まあ,そんな終わってからが心落ち着かない質疑応答を終えて,任務完了。でも質問してくださった台湾や韓国の方ともお話しできたし,韓国で学校視察をさせてもらえることにもなったりで,国際学会ならではの経験も出来た。
 今日は釜山の街を探検。街並は台湾の雰囲気が強いが,文字はハングルなので,文字を見ただけではわからない。英語併記か,日本語がわかるような人たちに助けられながら見物である。
 釜山大学にも少し訪れてみた。学生街には安い店もたくさんあるし,ファッション関係のアウトレット街もあって,なかなか賑やかであった。たぶん日本の資本がやっていると思うのだが,LiBRO(リブロ)という本屋があったので韓国の書店もいつものように覗いた。韓国の書物もやはり安い。日本の出版事情の特殊性を改めて感じてしまう。やはり日本の書物は高いらしい。いくつかの雑誌と本を買って帰る。もちろんハングルなので内容はチンプンカンプンだが‥‥。
 韓国の地下鉄にも乗ったりと,短い時間だがあれこれ楽しんでみた。夜もまたみんなでタワーに上ったり,夕食をする予定。それについてもまた改めて報告したい。