マルチ・タッチの時代

 英国の教育テクノロジー展示ショウ(見本市)BETTについて,その視察内容をぼちぼちまとめようと,持ち帰った資料を紐解いて整理し始めたり,Webで公開された会場レポートビデオを確認しているところ。
 イギリスの教育の流れ(あるいは基本)はPersonalizationである。今回のBETTショウでも,そのような方向性を推進する様々なテクノロジーが展示されていた。個別の学習に役立つ教材・学習コンテンツは当然のことながら至る所で展示されていた。それに負けず劣らず,学校として一人一人の子ども達をしっかり支えるための情報システムに力を入れる企業が目についた。
 管理教育という言葉は,日本の文脈では負の印象で語られる。しかし,時代は「監視」をベースに動いている。皆さんはこの社会の中であらゆる形で監視管理されている。電話番号,銀行口座,定期券,メールアドレス,社員番号など…。
 学校は責任を持って子ども達の学習を管理することが求められ,そのためにICTが活用されるべきであるという発想は,世界の主流である。日本は,話題をずらして,とことんお金を使うつもりがないらしい。おっと,その話はまた別の機会に…。
 会場の至る所,液晶プロジェクタと一緒に「インタラクティブ・ホワイトボード」というものが設置されていた。英国の情報教育環境を語る上でよく引き合いに出される機器である。電子情報ボードとか,アクティブ・ボードとか,スマート・ボードとか,いろんな名前で登場するが,要するに液晶プロジェクタの映像を映すスクリーンそのものがペンタブレットになっているという機器だ。
 現地の学校視察をすれば,ほとんどの教室にプロジェクタと電子情報ボードのセットがあって,ごく普通に授業で活用されている。短時間ながら使ってみると,慣れれば支障はない使い勝手。反応速度は接続しているパソコン次第。大学の講義のつもりで板書をしてみたが,それなりに記録が出来た。
 それを同行して見ていた日本の某大手電器メーカーさんが「子ども達が同時にやってきて,算数の答えみたいなものを板書することはできますか」と尋ねてきた。「う〜ん,今のところパソコンのマウスと同じでフォーカス出来るのは1カ所ですよねぇ」と返事をしてみたが,とてもよい質問だと思った次第である。
 学校視察で見た授業でも,スクリーンの使い方は,教師からの提示がメイン。子ども達が操作する場合でも,一人の子どもが先生に代わって操作するというスタイルである。
 けれども,日本の授業(黒板を使った場合)には,複数の子ども達が前に出てきて,同時に板書をするという場面が結構ある。この同時並行的な板書によって,その後すぐ,板書を比較しながら授業を進めることが出来る。
 けれども情報機器を使うと,この同時並行的な板書や提示が知らぬ間に排除されてしまう。スクリーン画面の狭さという制限ゆえに,そういう使い方を前提しないという形になっているのである。
 ちなみに,日本の悪いところは,そういう仕方のない欠点を導入しない理由に仕立て上げちゃうところなのだ。私のような口の悪い研究者は,文句を言うのが仕事だから,自由度の小さい現状の情報機器を叱咤するけれど,現場実践を担う人々は逆にメリットに注目して,どんどん前向きに情報機器を導入して活用すべきである。そういう役割分担の無理解は,もう少し正していかなくてはならないと思う。これは余談。
 で,BETTに展示されていたものにこの手の同時板書が出来るシステムがあるかを調べてみると,残念ながら電子情報ボード上でマルチ・タッチするものはまだ登場していない。ただし,ワイヤレス・タブレッを組み合わせてコラボレーションする機能を持つソフトウェアはあるようなので,タブレットが複数あって,それを各自操作すれば同時板書は可能かも知れない。
 といわけで,いずれは電子情報ボード自体が複数の電子ペンをサポートして,ソフトウェア的に同時板書を可能にする機能が標準搭載されるはずである。商品がバージョンアップする道を考えれば,そういう方向性しかない。
 マルチタッチといえば,この教育らくがきでも取り上げた「Multi-Touch Interaction Research」という研究プロジェクトが思い出される。そこで紹介された衝撃的なビデオは,パソコンが進化する上で当然避けては通ることの出来ない方向性である。いずれ衝撃どころか,当たり前の操作風景になる。
 そして,それを具現化しようとしているのがApple社だ。BETTに先駆けて行なわれたMacworld Expo基調講演で発表されたiPhoneという新しいスマートフォン(多機能携帯電話)は,ユーザーインターフェイス(UI)として「Multi-touch」が採用されている。
 指先操作というUI自体は珍しくはない。Apple社が凄いのは,UIを生かしたソフトウェアをつくってしまうところである。基調講演ビデオをご覧いただくといいのだが,このiPhoneという携帯電話で写真を扱う際,写真を拡大縮小する操作方法が,まさに上記の研究プロジェクトのビデオで見られるそれそのままなのである。
 このiPhoneのMulti-touchインターフェイスの発表について,研究プロジェクト側も知っているらしく,ページには「Yes, we saw the keynote too! We have some very, very exciting updates coming soon- stay tuned!」(ああ,僕らも基調講演は見たよ!こっちも凄い刺激的な最新情報があるから,待っててね)とリアクションが書いてある。
 Apple社iPhoneが採用したMulti-touchインターフェイスとそのソフトウェア自体は(現時点の情報を見る限り),真のマルチ・タッチではないと思われる。2つの指が触れて,その動きを関知すること自体は現在のパソコンでも可能である。それをソフトウェアとしてどのように具体的な操作や動作に落としていくのか。もしかしたら春前にリリースされるMac OSX 10.5という新しい基本ソフトにおいて,何かしらの未来を見ることが出来るかも知れない。
 いやぁ,だって私たちはすでにWiiなんかで複数同時並行の操作というものに触れている。パソコンなどの情報機器の自由度をゲーム機に近づけることは,もしかしたら緊急の課題じゃないかとさえ思う。

マルチ・タッチの時代」への2件のフィードバック

  1. りん

    ありがとうございます!これは知りませんでしたよ。
    すでに特定コンテンツにおいて商品化されていた
    わけですね。興味深いです。
    http://www.nextrax-cadcenter.com/
    http://www.e-it.co.jp/
    多点認識APIが標準化されて一般化することが
    期待されますね。あるいはMacOSX用ドライバを
    リリースしてくれると嬉しいかな。
    レインボープロジェクトも初耳。いかんいかん
    情報収集能力も衰えているようです。あらためて
    ありがとうございます。

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